瞳が映す景色


「……伊藤先生のこと、忘れられない?」


「いや。そこまでの気持ちは持てなかったよ。もう何もない。――上手くいかなかった理由なんて山ほどある。冷たいだろ? オレの、思い出の話し方。これも要因だろうな。そんな感じが当時ずっとあったんだろうな。……今、あれが本当に恋情だったか問われたら、頷きはしないで、迷うオレがいる。なのに勝手に落ち込んで。オレって駄目なやつだなって、少し、暗くなっただけだ」


「――はい」


「……なあ、藁科。オレを本当に好きか?」


「はい」


まだ頷かれる。声にはまだ威力が残る。


「美化してるよ。あの飛び降りの時だって、オレがおかしかったのは少しの間だけ。本物なら、 もっと何か違ってると思うんだ」


「人は、嘆いてるだけじゃなく立ち上がっていけるんです」


「キレイな言葉だな」


「自分を守るのは当然だって先生言った。そういう結果でしょっ。まだ……信じてくれないの? あのとき好きになったけど、きっかけで全部じゃない。説明してたら朝までかかっちゃいます」




じゃあ……、




「…………じゃあ、朝までいるか?」




漏らした言葉と同時に、後ろにあるベッドの上で、オレに組み敷かれる藁科の泣き顔を、想像で俯瞰した。


幸せなんてそこには微塵もなく、それはもちろん……マイナスの涙でしかなかった。