瞳が映す景色


初めて足を踏み入れるお向かいのマンション。入ってすぐにあるポストを横目に通り、一度左に曲がった正面のエレベーターに乗り込んだ。


緊張なのか寒さなのか、強張った指先で四階のボタンを押す。


「……」


上昇する機械音が止まり、狭い箱から追い出されるみたいに、躓きながら廊下に。


部屋番号は、注文のときに伝えられていた。


エレベーターから出て左右に別れる通路を左に歩くと、突き当たりの部屋が目的の白鳥さん宅。


お向かいなんだから当然なんだけど、早い、順調すぎる旅路に内心の緊張は半端ない。救いは、表面に感情が表れにくいこと。帰宅からそのままだったバッグから鏡を取り出して確認済みだ。一日外風に吹かれてきた髪が少し乱れてるけど問題ない。中途半端な耳下の長さはすぐ跳ねるのだ。


「……馬鹿みたい」


配達と生存確認に来ただけなのに。色気づいてどうする。いつも大した格好でもないんだし。馬鹿みたい、あたし。


両手に提げたビニール袋の重みを早く解消しようと、目的の部屋の玄関扉に手をかけた。




「……こんばんは」


自分はもしかしたら出られないかもしれないから、代金は靴箱の上に置いておきます。鍵は空けておくので――白鳥さんからの無用心極まりない伝言だった。その通りに、千円札が一枚と、律儀に一言添えたメモ用紙があった。


玄関からは、扉があって生活区域は視認出来ない。心配だったけど、それ以上は望まれていない。最悪な状況になっていないでと願うことしか出来ない。早朝にでも、兄に土下座して訪ねてもらおうと誓った。


帰るしかないけど、玄関の施錠問題が引っ掛かる。危険だから、千円札の隣にある鍵を掛けて帰ろうか。でもそれは行き過ぎた行動か……。


「っ!?」


そのとき、部屋の中から止まらない咳と何かが床に落ちる音が響いた。