瞳が映す景色


道の片隅に誘導してくれ、韮崎は、せめてもう少し落ち着くまでと、赤ちゃんをあやすみたいに背中を緩く撫でてくれて。


「小町。お前、マジでガリガリだから、ちゃんと飯は食えよ。俺から有り難くも誘ってやる」


こんなことがあって、もう頼ったりなんて出来るはずがない――そう言おうとしたら、馬鹿なことを考えるなとつむじをチョップされた。


「嫌だって言っても無理矢理連れ出す。大人しく従っとけ」


「……………………――、うん」


「おっ、良い子だな。なら従順ついでにもっと言っとく」


チョップされ、俯いたままだった顔をあげようとしたら、見るなと制され目隠しをされた。一瞬見えた韮崎の顔は赤くて赤くて、それは酔ったせいだけのものじゃなくて、まぶたに添えられた大きな手のひらは、熱くて熱くて……


「いいよ、とか絶対に言うな。誘われても連れ込まれるなよ。失恋は辛いけど自暴自棄になるな」


「うん。……けど、失恋、じゃない……っ」


「――、そっか。あと、初めてとか、そんな喜ぶことを軽く言うな。そんなの、俺みたいなのからしたら嬉しいだけだ。頑張って自制した俺を誉めろ」


「うん」


「好きな奴にだったらいいと思う。でも、そいつが小町を大事にしない奴なら、行くな」


「うん」


「――それを守れないくらいに潰れそうになったら、俺を呼べ。深町さんとかでも構わないけど、男は俺だけ」


「う……だって……っ」


「そうさせてくれ。中途半端でなかなか踏み込まない俺に、きっかけをくれたら嬉しい。――だから、泣くなよ」


……いけないのに、残酷に、あたしはそれらにまた救われた。




夏の夜。湿気ふんだんの空気とあたしの絶え間ない涙。ふやけてしまいそうな手のひらの持ち主の韮崎は、ずっと甘えたままのあたしをすがらせてくれた。