瞳が映す景色


ホームで待つ人こそ多くはなかったけど、車内はそれなりに混雑していた。自力で立つのが下手なあたしは空いてる吊革を探す。


すると、人の流れで離れてしまった白鳥さんが角っこのほうで手招きをしていた。三度ほど見知らぬ人たちに頭を下げてそちらに行くと、自分がいた壁側を譲ってくれる。乗車口から少し離れていて、先頭車両だったものだから、進行方向を向けば、視界は良好で圧迫感から解放される。


「あ、りがとう」


「どういたしまして」


至近距離に人がひしめき合う中では顔を上げることも難しい。下を向いていては声なんて電車の音に負けてしまう。何も話すこともないまま、帰路は半分近くまで消費されていった。




「しまった……」


唐突に、白鳥さんが項垂れる。


「どうしたの?」


「お腹、空いた~」


時刻はもう二十二時。そういえばあたしも、映画を観る前にカフェでケーキを食べたくらいだ。


「食中毒にならなかったもんね。あたしは観たあとはしばらく満腹中枢は抑えられるんだ」


うんうん、とただ頷かれる。人混みは解消されてきたんだから話せばいいのに。どうやら、口を開くとお腹が鳴るのが恥ずかしいようだった。


「だから、何か話していて?」


ねだられると同時に、くぅ、とお腹が悲鳴を上げた。


ほらね、と眉を情けない形に下げられ、


「他の人には聞こえてないよ? ――うん。でも、しょうがないな」


とりとめのない一方的会話に興じた。