てのひらで紡ぐ。


ゆっくりと開かれた教室の扉から表れた人影。

緊張しているのだろうか。恐る恐るといった体で入ってきた転校生の姿を確認するなりまた教室はざわめき出す。

怯えたように周りを見渡す彼に担任は安心させるようにか「大丈夫よ。こっちおいで」と笑いかけて手を小招いた。

担任の指示通り教卓の隣に付いた彼は不思議なことに大きめのフエルトペンとスケッチブックを抱えていた。


これが流行りの恋愛小説だったとしたら転校生の彼はスラリと伸びた身長のイケメンでなければいけない。もしかするとピアスだって開けてるかもしれない。


だけど現実の彼は同じ年頃の男子と比べたらやや小柄。私は平均身長を下回っているに一票入れた。勿論ピアスホールなんて開いているわけない。

顔だって少女漫画の王子様キャラや俺様キャラみたいな格好いい系というよりも可愛いや愛らしいというのがよく似合う。まあ、どちらにしろ酷く整っているのは確か。
教室全体に視線を向ける瞳は黒目がちでくりくりとしているし、睫毛は長くて肌は白い。
所謂"お人形さん"のよう。



「自己紹介、できる?」

掲示物に目を走らせていた転校生に首を傾げて担任が聞く。相変わらず小さな子供に接するような態度だ。自己紹介ができるかなんて、幼児じゃあるまいし、聞く必要ある?


転校生は頷くとおもむろに抱えていたスケッチブックを開いてページを捲る。そして目当てらしきページを見つけるとそこに書かれた文字を見せるように私達に向けた。


『はじめまして。椎名といいます。』

ころり、と精巧な人形は笑みを浮かべた。
生きた関節を器用に使ってスケッチブックのページを捲る。そこに記されたのは彼の直筆だろうか。以外にもやや悪筆の、少し左上がりになった字体。

次に表れたページに、彼のフルネームと前の学校。

そして妙に拙い敬語調。


『名前は、椎名黒舞。

前は、東中に通っていました。』


『俺はうまく声が出ないのですが、耳は聞こえています。

よろしくおねがいします。』



記された彼の「声」は所々ひらがなで、案外大雑把なのかもとぼんやり考える。
それにしてもこの自己紹介は少なく過ぎるな。好きなもの、こと、全部聞かなくちゃ。


二つだけ守られた恋愛小説のお約束。彼の席は私の隣。そして、校舎の案内を任される学級委員…それも私。

『すみません、よろしくおねがいします。』

少しだけ申し訳なさそうに頭を下げる転校生のつむじを、ふと撫でたくなった。