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他のメイドさんと話をしたり、庭の手入れをしていた庭師の人に花の事を教えてもらったりと時間を過ごしていると、あっという間に日が沈んできた。
ぼんやりと満月も夜空に浮かんでいる。
とりあえず挨拶だけでもと、ダリウスさんの部屋に向かった。
「ダリウスさん、今大丈夫ですか?」
ノックをして、少し扉をあける。
書類にサインをしていた手を止め、迎え入れてくれた。
仕事の邪魔をしては申し訳ない。なるべく手短に済ませないと。
「仕事の邪魔をしてすみません、そろそろ帰るので挨拶をと…」
「あぁ、もうそんな時間か…」
もう少し話す時間を取れたら良かったんだが…。とダリウスさんは目を伏せた。
「そんなっ、忙しいんですから!」
また帰ってきた時話をさせてください。
そう言うと、勿論だと微笑んでくれた。
「では行ってきます」
「気をつけて行ってきなさい」
そのやりとりは私の心を暖かくしてくれた。一人で過ごしていた日常に、行ってらっしゃいと言葉をかけてくれた人は当然ながら居ない。
擽ったいようで柔らかい。不思議な感覚。そっと胸に手を当てて笑みを浮かべた。
これ以上長居をしては申し訳ないかな。
軽く頭を下げ私は部屋を出た。
確かミーヤが部屋に鏡を用意してくれている筈だ。
自室の扉を開けると、ミーヤとその隣に立っているルイスさんと目が合った。
あれ、どうしてルイスさんが此処に?
不思議そうに首を傾げていると、ルイスさんは見送りだと言った。
彼も忙しいのに、わざわざ…。
「ありがとうございます、忙しいのに…」
「頃く会えなくなるんだ、見送りくらいしないとね?」
寂しくなるよ…とルイスさんは肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
私もです。と同じように私も肩を竦めた。
あぁ…暫くまだ一人の生活だ。ルイスさんと話す事も出来なくなる。
そう思うと微かに胸がツキリと痛んだ。
「リリス様、準備が出来ましたよ」
姿見に月の姿を写した瞬間、薄い膜の様な物が鏡の表面を覆った。
軽く指先で触れると、波動が広がるように膜は揺れる。
「じゃあ、行ってきます」
振り返り感謝を込めてお辞儀する。
「行ってらっしゃいませ!帰りをお待ちしてます!」
「気をつけてね」
歩み寄ってきたルイスさんを頭を上げて見上げる。
「帰ってくるのを待っているよ」
そう言って微笑むと、ふわりと額に口付けられた。
カッと頬に熱が集中する。
ルイスさんは当然のように変わらず笑顔のままで、余計に赤くなる自分が恥ずかしくなった。
「は…はい、行ってきます」
パッと顔を逸らし、鏡の中に体を滑り込ませた。スルリと膜を通り抜け、まっすぐ進んでいく。
薄紫の空気を漂わせ、小さな欠片の様な物が沢山空中に散らばっている。
物珍しげに辺りを見回しながら進むと、体が明るい光に包まれた。
咄嗟に目を瞑ると、私はそのまま意識を手放した。

