何より大変なのは、なかなか針が通らないこと。普通の生地を使っての裁縫ならこれほど苦労はしないのが、相手がカーテンとなれば別問題。

 男のカイルが苦労するのだからセレーネが繕った場合、時間だけが過ぎてしまう。いやそれ以前に、おかしな仕上がりになってしまうだろう。

「はあ、痛いな」

 思わず、愚痴がもれてしまう。それは指に針を刺してしまったのではなく、懸命に針を押し込んだり抜いたりしていた結果、親指と人差し指が痛くなってしまい、尚且つ痺れてきてしまった。

 だからといって、セレーネに交代するわけにもいかない。

 本当のところ、これはセレーネがやらなければならない仕事であったが、できない人間にやらせて失敗した後の後始末の方が数十倍も大変。

 そのことをわかっているカイルは、セレーネに裁縫をさせることを拒んだ。

 その気持ちを理解していないのだろう、セレーネからの感謝の言葉は全くない。

 やってもらうことが当たり前だと思っているのだろう、やはり聖職者として何処かずれていた。

 どのようなことであろうとも、感謝の言葉は大切。

 ザレイがいつもそう言っているが、セレーネの記憶に残ることは決してない。

 それどころか、おかしな知識を吸収してしまう思考の持ち主。

 最近では、素敵な恋愛に嵌っているらしい。

「まあ、セレーネらしいか」

 その理由を知っているカイルは、おかしくて仕方がなかった。

 だが、今のセレーネではそれが現実になることは、まずないだろう。

 何より、あの性格が問題。あれでは、百年の恋も冷めてしまう。

 ふとその時、軽快なリズムで扉が叩かれた。

 一瞬セレーネが来たのかと思ったカイルであったが、こんなに早く洗濯が終わるはずがない。

 だとすれば、ザレイ神父が訪れたのだろう。

 カイルは椅子から腰を上げると、扉を開けに向かう。すると、其処には予想通りの人物が立っていた。

「いいかな?」

「はい。少し散らかっていますが」

「今回もまた、セレーネに苦労させられているようだな」

「最近は、慣れました。此処に来た当初は、驚きましたけど。母さんは、とても心配していましたから」

「本当に、助かっている」

 シスターであったが母リディアの勧めで、カイルはこの教会で働くようになった。

 その大きな理由は、ザレイの存在。義父を一人にしておくのが心配という娘心から、自身に代わって息子を遣わした。