幸せになるために

*香紅夜side*
三日間泣き続けた顔は少し腫れてしまっていた。
私は今朝、檻の中にある清めの水で体を清め、手渡された真新しい白い着物に着替えた。
両手首を縄で縛られ、檻の中から出される。誰も言葉を発しようとはしない。黙々と歩き続け、着いた先は
〝鬼鎮めの岩戸〟
岩でできた洞窟のようなもので、入口にはしめ縄を巻いた一際大きな岩がある。
この中に私は閉じ込められる。
...そしたら外には、もう二度と出られない。
村の男たちが総出でその岩を動かし、やっと人一人通れるくらいの隙間ができた。

「村巫女様。鬼鎮めの儀式により、汝は今日、その御身を神の岩戸へ捧げられる。...」
村長が祝詞を唱え始めた。
(聞きたくない...。)
これが終わると私は、暗闇の中に閉じ込められる。
...いや、それはもう、どうでもいい。決まっていた運命だから。
違う、私は、
私は、ただもう一度、もう一度だけ、
...あいたい......心夜。
私は喋ることはできない。
だから、〝さよなら〟さえ言えない。
ならば、その姿だけでも、
お願い。
...おねがい...。

「...今宵旅立つ巫女様に、我らの運命を託し、鬼の鎮まらんことを願いたもう。」

村長の祝詞が終わる。
あえなかった。
私の言葉は...届かない。
...これでいい。
私は、このために生まれたのだから。
心夜にあえたことだけでも、私は幸せだった。
十分に生きた。
...後は、役目を果たすのみ。

どうか、この村が、村の人々が、...心夜が、幸せになりますように。

岩戸が閉じる。
辺りは真っ暗で、自分の手すら見えない。
外の音も聞こえない。
これでいい。

...私は黙って目を閉じた。