幸せになるために

*心夜side*
その子の世話役になったのは、俺が十一歳になった時だった。人柱にされた女の子、泣いているだろうか、怒っているのだろうか、興味があった。
だが、その子は泣いても、怒ってもいなかった。ただただじっとしていて、人柱にされたことを受け入れているようだった。とても美しい子だった。
そんなその子がただの一度だけ泣いたことがあった。
まだ一年と立たない頃、いつものようにおにぎりを届けに行くと、その子は空に浮かんだ月を見て、声も出さずに泣いていたんだ。
静かに、静かに。
泣いていた理由はわからない、聞けなかった。その日俺は、おにぎりも届けられなかった。
いつの間にか、気がつくと彼女のことを考えていることが多くなった。人柱に指名された時には、何一つとして感情を見せなかった彼女が一度だけ流した涙。その時に聞かなかったことを後悔していた。あの美しい涙をもう一度見たいと思った。きっと、その時から好きになる予感はしていたんだ。ただ、気づかないふりをしていた。
気づいてはいけない気持ちだったから。
でも、いつしかその気持ちが止められない程大きくなっていて、彼女が微笑んだ瞬間、声をかけてしまった。
イメージしていた通りの透き通った声、こちらが声をかけたことに驚いたような表情の白い顔、名前を聞くと“香紅夜”と答えてくれた。香紅夜、無性に呼びたくなって、香紅夜の名前を呼ぶと、彼女は白い顔を耳まで赤く染めた。
ダメだ、これ以上は取り返しが付かなくなる。
香紅夜は俺のことが好きなんだ、そう分かった。
本当は“人柱”と話してはいけない。でも、俺はそれを破った。
そのうちバレるだろう。
俺は世話役を外される、その前に...。