遠くに祭囃子が聞こえる…


「ほら!早く行こうよ!お祭り終わっちゃうよ?」


僕を手招きする、小さな女の子


可愛らしい浴衣に身を包み、早くお祭りの会場に行こうと僕を急かす


「まだ終わらないって…」


「いーから!早く!」


「はいはい…」


彼女は桜川ナナちゃん


僕の幼馴染だ


お互いに小学3年生…いつの頃からか…2人はお互いに仲良くなって、登下校はもちろん、学校も、放課後もいつも一緒だった


「とーちゃくー!おー…人がたくさんね…!」


お祭りの会場である神社に到着すると、普段は閑散としている神社に人がたくさん歩いていた


辺りにはたくさんの出店が軒を連ねている


「あ!そうだ!」


ナナちゃんはクルリと一回転してポーズを取る


「どう?」


「…何が?」


「何がって…浴衣が似合うかどうかに決まってんでしょバカ!」


肩にパンチを喰らう僕


「痛い…」


「で、似合う?」


「う…うん!似合うよ!うん!可愛い!」


ここで似合わないなんて言ったら今度は蹴りが来る…


「やっぱりぃ♪へへ〜♪」


満足そうなナナちゃん


実際、浴衣を着てなくても充分に…とっても可愛らしい女の子


特に、ニッコリと笑った彼女の笑顔は僕は大好きだった


これでさっきみたいなパンチが無ければなぁ…


「レンジ!綿あめ!綿あめ食べよーよ!」


さっそく見つけたのか、ナナちゃんは綿あめの出店を指差す


「うん…!分かったよ!あ…走ったら危ないって!」


そして、ナナちゃんと2人で綿あめを食べる


「あまーい…!美味しーねぇ♪」


僕に笑顔で語りかけるナナちゃん


その笑顔にドキッとしてしまう


「あ…!」


ナナちゃんは何かを見つけたのか、小走りである出店に向かう


「……」


ナナちゃんが無言で見つめるのは出店に並ぶオモチャのアクセサリー


「…欲しいの?」


「…あ…ううん」


ナナちゃんは若干の拒否をしながらも、アクセサリーの指輪を見つめる


「…おじさん…それ…2つ下さい」


「え…?」


ナナちゃんが目を丸くする


「レンジ…」


「今日はお祭りだから、おこずかい多めにもらったし…大丈夫だよ!」


「ありがとう…」


そして、指輪を買ってナナちゃんに渡す


ナナちゃんにはピンクのガラスの指輪


僕はブルーのガラスの指輪だ


せっかくだから色違いで、おそろいにしたんだ


「あのさ…レンジ、あっち行こう…!」


ナナちゃんはそう言うと僕の手を引っ張る


「なになに?どうしたの?」


そして連れて行かれたのは神社の裏手にある空き地


神社は高台にあって、そこの場所からは僕らの街が一望できる


そこには誰もいない


そして、ナナちゃんはさっきの指輪を僕に返して来る


「え…いらないの?」


「いや!違うわよ…その…あの…レンジがさ、指にはめてくれないかなぁって…」


「僕が?」


「うん…お願い…!」


「別にいいけど…」


ナナちゃんは左手を差し出してくる


僕は手を取り、指輪をはめようとする


「ちょ…!アンタ…なんで人差し指なのよ!」


「え?ダメ?」


「薬指!!薬指よ!」


「薬指…まぁいいけど…」


(…意味が分かって無いのね…)


ナナちゃんが何かを呟く


「ん?何?」


「あー何でもないわ!早く!」


そして、ナナちゃんの薬指に指輪をはめる


「へへ…ありがと…!」


ナナちゃんは左手を天にかざして凄く満足そうだ


そして、また2人でお祭り会場に戻る


「おー!レンジ君にナナちゃん!君達も来てたの?」


マコ姉ぇが妹のマナちゃんの手を引き、僕らに向かって手を振る


「うん…マコ姉ぇも来てたんだね」


「まぁね〜あら?ナナちゃん…それは何?レンジ君も」


マコ姉ぇは僕らのはめている指輪を見る


でも、すぐにニタニタと笑ってナナちゃんに語りかける


「そーいう事をねぇ…いやーナナちゃんもやるわねぇ!」


「いや…その…!」


ナナちゃんが慌て始める


「いやーレンジ君もまた…」


するとナナちゃんがマコ姉ぇに組み付く


「ちょっと!マコちゃん!余計な事言わないでよね!」


「あーはいはい!そりゃーもう…そう言った事は自分で言わないとねぇ♪」


「マコちゃん!」


「アッヒャッヒャ♪夏だってのに…こっちまで暑くて溶けちゃうわ!ウヒャー♪」


「ムキー!殺す!マコちゃん殺す!」


ナナちゃんがマコ姉ぇをポカポカと叩き始める


「アッヒャッヒャ!ウッヒャッヒャ♪」


マコ姉ぇはナナちゃんの攻撃を華麗にかわしつつ、変な踊りをする


楽しかった…あの頃は…


毎日が楽しかった


ナナちゃんがいるだけで、本当に充実してたと思う


1日が過ぎるのが本当に早かった


でも、そんな幸せな毎日は、長くは続かなかった


あのお祭りから程なくして、ナナちゃんは体調を崩して倒れてしまう


それまではすごく元気だったのに…急な事だった


倒れたのはお祭りがあった年の冬の事だった


僕は毎日お見舞いに行った


1日も欠かさないで…


年が明けてもナナちゃんは退院出来なかった


そして、新緑が芽吹く春先


「ナナちゃん…」


「あ…レンジ…」


病院の個室、ナナちゃんはベッドに横になっていた


「今日は施設の人は?」


「ん…もう帰った…よいしょっと…」


ナナちゃんはベッドの上で体を起こす


普段は後ろで縛っていた髪も、めんどくさいのか縛っていなくて肩まで下がっていた


「そか…施設の人、なんか言ってた?」


「んー…別に…安静にってくらいかな?」


施設…


ナナちゃんは身寄りが無い女の子だった


お母さんもお父さんも、ナナちゃんにはいなかった


理由は僕は知らない


ナナちゃんも、自分から親の事を話す事は無かった


「あ…ミカン食べる?持って来たんだ!」


「あ…うん…ありがと!にしても…アンタ毎日来なくても良いのよ?アンタだってお家のお手伝いとかあんでしょ?」


僕はミカンを手渡しながら答える


「まぁ、家の事は大丈夫だよ!」


実際、僕も母親はいなかった


まだ僕が小学生だった頃は父さんはこっちで仕事をしていた


とっても忙しい仕事だったから、炊事、洗濯は僕がやる事が多かった


ナナちゃんはミカンの皮を剥こうとする


「ん…!んしょ…!…ゴメン…レンジ、皮剥いてくれる?」


「ん?いいよ!」


ナナちゃんからミカンを受け取る


後から思えば、もう、手の力も満足に入れられない程ナナちゃんは衰弱してたんだ


「はい!どーぞ!」


ナナちゃんは僕からミカンを受け取るとそれを口にする


「甘い……これ…美味しいわね…」


「良かった♪」


「甘いって…言ったらさ…お祭りで食べた綿あめ…あれ…美味しかったわね…」


ナナちゃんは僕と目を合わせるでもなく、窓から見える景色を見ながら呟く


空気の入れ替えだろうか、窓は少し開いていた


風に吹かれてカーテンが緩やかにダンスをしていた


「うん…また一緒に行きたいね!」.


僕はそう答えると


「フフ…♪当たり前じゃない!こんな病気、さっさと治してまた遊ぶわよ!」


ナナちゃんは少し声を張り上げて僕に告げる


「そうね…約束よ…今度のお祭りも、一緒に行きましょ!」


「うん…!約束だよ?早く元気になってね!」


僕らは指切りをする


何の偶然だろうか…その時、何故か僕らは左手で指切りをした


お互いの薬指には、あのお揃いの指輪がしてあった


学校以外で2人でいる時は、その指輪をつけると半ば強要されていたんだけど…


悪い気はしなかったので毎回つけていたんだ




悪い気なんかするもんか…!


好きな女の子のお願いなんだから…


でも、ナナちゃんはお祭りに行く事は無かった


「どうしてよ!…グス…!なんで死んじゃうのよ…!」


目を真っ赤に腫らして泣きじゃくるマコ姉ぇ


お祭りの直前のある日、ナナちゃんは旅立ってしまった


ナナちゃんのお葬式…


僕は立ち尽くして、泣きじゃくるマコ姉ぇ、そして棺桶の中で静かに目を閉じるナナちゃんをずっと…交互に見ていた


ナナちゃんが息を引き取ったのは夜半過ぎ


僕はサヨナラも言えなかった


「ほら…レンジ君…ナナちゃん…撫でてあげて…?」


マコ姉ぇに言われ、そっとナナちゃんの頬を撫でる


…硬かった…


死体というのはあんなにも硬いと、僕は初めて知った


「それと…ほら…これ…」


マコ姉ぇは僕に指輪を差し出す


「君があげた指輪…ナナちゃん、とっても大事にしてたんだよ?私にも触らせてくれなかった…」


それを形見にと言う意味だろうか…マコ姉ぇは僕の手のひらに指輪を握らせる


その後は、殆ど覚えて無い


マコ姉ぇや父さんから聞いた話だと、丸一週間、水しか口にしなかったそうだ


それくらい…ショックだったんだ…