武道場は広すぎる。

今までそんなこと感じたことなかったのに……。
先輩達がもういなくなると思うだけで広く思える。


「個人戦で先に進んでも、団体戦が終わっちゃったら意味ないのにね……」


個人戦ではすごくいい成績を残せたと思う。
だけど、団体戦ではベスト8。
別に悪くはない……だけど、目指していた全国まで全然届きもしていない。


「荒川……先輩??……」


今ここにはぼくしかいないはず。
それなのに聞こえたその声に振り返ると、武道場の入り口で驚いた顔をして立っている小早川さんがいた。


「マネージャーの仕事??」


「はい、そうです……先輩は??」


カゴやノートを持っている姿を見てそう聞けば、正解だったみたいで、頷いた小早川さんは今度はぼくに質問をした。


「ぼくは……」


何をしているわけでもない。
さっきまでlibertyの部室でセナとカナデに来年頑張れって言葉をもらっていたのに、気付けばここに来ていた。


「いつもの先輩らしくないですね……すごく悲しそうに見えます」


「そうだね……」


セナとカナデの言葉で立ち直ったはずなのに、ここへ来るとダメみたいだ。
やっぱり試合の結果を聞いたのがついさっきだったからかな……。


「何だ、いたのかお前達」


小早川さんの後ろから現れたのは桐山先輩。

見慣れない制服姿。
武道場に制服で来た桐山先輩にぼくは胸が苦しくなった。
だって、それはまるで、もう道着を着ることはないと言ってるようだったから……。


「荒川」


武道場へ入って来た先輩はぼくの名前を呼びながら近付いてきた。


「ほら」


そしてぼくへ差し出されたのは先輩の右手。


「握手」


突然の行動に付いていけないぼくの思考。
意味がわからないけど、とりあえずぼくはその手を握った。


「相変わらず小さいな……」


「!!」


入部したばっかりの頃に言われたセリフ。
『お前の手、小さいな』


「先輩……ぼくは……」


「頼もしいよ」


「えっ??」


さっきよりも強く手を握られてぼくの言葉は遮られた。


「お前のこの手は頼もしいよ」


「っ!!」


そう思ってくれていたんだ……気付かなかったな……。
先輩よりも少し小さいぼくの手。
低い身長。
肩幅。
同じ空手部なのにぼくとは違って頼もしいと、そうずっと思っていた先輩。
だけど、そんな先輩はぼくのことを頼りにしていてくれていたのか……。


「桐山先輩っ、来年は必ずっ……」


「……」


「わっ!……」


握手していた手を離され、突然ぼくの頭をぐしゃぐしゃと荒く撫でた。
ぼくはそのことに驚いて焦ることしか出来なかった。


「荒川、お前達の全国大会を俺達は待っている」


いつも左右に分けている僕の前髪は、先輩に撫でられたことにより前へ降ろされた。
その髪が両目にかかってちゃんと先輩の顔が見えない。

だけど、髪の間から見えるその表情は、目尻は少し下がり、口元は少し上がっている。


「小早川、荒川のサポートよろしくな」


「はい!」


小早川さんとも軽く握手を交わした先輩は、ぼくが話しかける隙も与えずに武道場から出て行った。


「小早川さん、来年は行こうね、全国に。個人戦も団体戦も」


「!!……はいっ!」


小早川さんの笑顔を見た後にもう1度見渡した武道場はいつの間にかいつもと同じ広さだった。