「相変わらず綺麗な絵だ。それは何のために描いたやつ??」


視線をワタシからワタシの描いた絵に移した後藤先輩はそう質問をした。

ワタシはそれにニコリと笑って見せ答えた。


「これは卒業式用なんです」


霧南の卒業式は毎年卒業生を見送るために何かをする部活がある。

美術部はまさにそれで、毎年卒業生達が通る場所に絵を飾って餞けにする。

部員それぞれ大きなキャンバス一枚ずつに描き、その後時間が許す限り小さなポストカードくらいのサイズの紙に絵を描く。

そしてワタシが今描き終えたばかりのこれは、大きなキャンバスに描いた一枚。

ずっとずっと前から描き始めて、描き続けて、そして完成させたもの。


「そういえばもうすぐそんな時期だ。一年間って早いなぁ」


「ワタシも一年間すごく早かったように思います」


先輩がしみじみしたように言った言葉に、ワタシも同じだと頷く。

すると、絵に向いていた先輩の目が、スッと降りて、ワタシへ移る。


「ボクは1年生の頃はそうでもなかったけど、2年生になってからがものすごく早いように感じる」


「えっ??」


柔らかく笑ったそれに、ワタシはどういう意味かがわからない。

あれかな、高校生活に慣れてきた年だからってことかな??

それとも……。


「いろいろ考えたり、絵に集中するのは悪いことなんかじゃ全くない」


一人思考を巡らせていると、頭上から先輩の声。

その声に従うように上を向くと、後藤先輩もワタシを見下ろしていた。


「悪いことなんかじゃ全くない、けど、大切なことは忘れないようにね」


「大切なこと??」


「そう、例えば……、トナミちゃんちょっと両手出して」


言われた通り両手を出すと、先輩は何かをその上に置いて一言。


「誕生日おめでとう、トナミちゃん」


「!!?」


お祝いの言葉をもらうたびに思い出し、でもすぐに絵のことで頭いっぱいになって忘れていた自分の誕生日。

そんな状態のワタシが後藤先輩に誕生日を教えたりするはずがない。

言った記憶はもちろんない。

それなのに、先輩はなぜかそれを知っていて、こうしてお祝いの言葉だけじゃなくプレゼントまで用意してくれた。


「驚かせるつもりはなかったけど驚いた??」


さっきも言われた同じ言葉。

だけど今回は、少し確信犯のような表情をする先輩。


「ボク姉さんがいるから女の子の好きなものとかわかるって思ってたけど、いざ選びに行くと全然わからなかった。だから、気に入らないかもしれないけど、そのときはごめん」


絵のことばかりのワタシの誕生日を知っていてくれて、そしてプレゼントを選んでくれた。

そのことが、本当に嬉しい。


「ありがとうございます!後藤先輩!」


だからワタシは先輩の髪色に負けないくらい明るい笑顔を返した。



家に帰って自分の部屋に行き、ワタシはもらったプレゼントを開けてみた。

詩音からはショートブーツ。
舞璃からはポンチョ。
瑠美からはイヤーマフとフィナンシェ。
蛍からはブランケット。

さすがワタシの親友、ワタシの好きなデザインがよくわかっている。

どれも好きなものばかりで、ワタシは嬉しくなった。


「後藤先輩からのプレゼントは何かな??」


最後にまだ開けていないプレゼント。

リボンを解き、ワタシはそれを開けた。


「万年筆とインクだ!」


それはワタシが絵を描くのにずっと欲しかったフクロウの柄が入った万年筆と、そのインク。

今日は後藤先輩に散々驚かされてきたけど、今日一番驚いたのはこれ。

後藤先輩が持っているのと同じところの万年筆。

ずっと先輩が持っているのを見ていいなぁって思ってた。

ずっとワタシが欲しかったもの、それをわかってくれているなんて……。

先輩は気に入らないかも、なんて言っていたけど、これを気に入らないはずがない。

急いで取り出したスケッチブックに万年筆を滑らせる。

滑らかな描き心地、そしてこれが段々とワタシの手に馴染んでいくことを思うと、心の底から嬉しくなった。


「後藤先輩、本当にありがとうございます」


もらった万年筆で最初に描いたのは後藤先輩。

それに向け、ワタシはもう一度ちゃんとお礼を言った。