「瀬那ーー」


放課後のlibertyの部室。

バスケ部の練習を終えていつものようにここに来た。

俺とナルが来たときにはすでに3人揃っていて、りょーすけはぼーっと雪の散らつく外を眺め、瀬那は鉛筆を使って絵を描き、カナは和歌の本に目を落としていた。

そして一緒に来たはずのナルはさっさとソファーに座ると、速攻で携帯を取り出し、いつものように女にメールや電話をし出した。

いつも通り各々好きなことをしている光景。

俺もいつもならゲームしたりして自分の好きなことをやるんだけど、今日はそれはせず、絵を描いている瀬那の邪魔をしに入った。

俺の声に何だと言いだけに顔を上げた瀬那。


「何だよ、ボク今描いてるんだけど」


「紬がさー」


「おい聞けよ」


ツッコミを入れてくる瀬那を無視し、俺は今日の朝の出来事について話した。


「紬が明日俺にチョコくれるって言ってたんだよ、超可愛くね??、紬ももうバレンタインとかわかる歳になったんだよなー」


今までバレンタインデーなんてどうでもよかったし、チョコとか欲しいとか思ったことなんてなかった。

だからバレンタインデーなんて当日に“あー、そういや今日バレンタインデーか”と気付く程度。

なのに今年はちゃんと明日がバレンタインデーだということを覚えている。

それは今日の朝、歳の離れた可愛い妹である紬が兄である俺のためにチョコをくれると言っていたから。

可愛い妹からそんな約束されたら、覚えてないわけねーだろ??

まあぶっちゃけ、これを自慢したくて瀬那にこの話をしたわけだ。


「羨ましいだろ??、可愛い可愛い妹からチョコを貰えるなんて羨ましいだろ??」


完全に浮かれてニヤニヤ笑う俺。

そんな俺に瀬那は……。


「あーソウダネ、可愛い可愛い妹の紬ちゃんが家族チョコで“お兄ちゃん”にくれるなんてよかったね、まあでも女の子の成長なんて早いから、すぐに本命チョコを“好きな人”にあげる日が来るんだろうねー」


ニヤニヤと笑いながらバカにしたようにそう言った。

紬に“好きな人”……。

その言葉に何かがプチリと切れた。

そこからはなんかよく覚えないけど、気付けば瀬那と大人気なくギャーギャーといがみ合いをしていた。


「去年はボクのほうが多かった!」


「その前は俺だっただろ!」


「その前の前はボクだった!」


「その前の前の前は俺だった!」


どこから話が飛躍したのか、俺達は歴代のチョコの数について競い合いをしていた。

今までは別に興味がなかったから、お互い何となく数を数えて“うっわ、今年お前に負けたよー”なんて冗談ぽく笑って終わりだった。

なのに今更それを持ち出して言い争いなんて。


「上等じゃねーか!、お前には負けねー!」


「ボクだって負けないよ!」


そう思うのに、売り言葉に買い言葉、俺達はなぜか勝負をすることに。

でもやるからには負けない、勝負事に負けるのは俺のプライドが許さないから。

こうして、なぜか俺と瀬那はバレンタインチョコの数で勝負をすることに。

そんな俺達を他の3人がやれやれというように見ていたことなんて気付かず。




翌日、昨日散らついていた雪が地面の上に積もっている。

今日は勝負のため、俺と瀬那は別々に登校。

バイクでの登校とか転びそうでこえー。

そう思いながらも何とか学校に着き、バイクを駐輪場に停めると……。


「岡本君!バレンタインのチョコ貰ってー!」


「玲斗君!私も私も!」


「岡本先輩!」


一斉に女子達が集まり、俺にラッピングされたお菓子を渡してきた。


「おお、サンキュー!、すげー嬉しいよ!」


今年は俺が勝つかもな。

ニヤと笑いそうになるのを押し殺し、俺は何でもないように礼を言う。


教室に入ってもそれは続き、チラリと辺りを見渡すと、瀬那だけじゃなくlibertyのメンバーはみんな女子に囲まれている。

でも勝負をしたからには絶対俺が勝つ!




放課後、通年通り同じバスケ部のナルとだけはかろうじてちょっと会話したけど、他の3人とは全く会話できないまま部活に行った。

やたらと多いギャラリーは俺やナルの名前を叫んでいる。

ナルは笑顔で手を振り、俺はいつもなら面倒だから無視だけど、今年はチョコの数を増やすために俺も笑顔で手を振る。

瀬那との勝負、今年は勝たせてもらうぜ。




雪がまだ溶けない外は死ぬほど寒い。

部活終わりのミーティング時にマネから貰ったチョコを手に、俺はさっさと着替えをしに向かった。

マネからのも数に入れられるからこういうとき得だよな。


「岡本先輩」


早くlibertyの部室に行って瀬那と勝負の結果をしようと思い、俺より先に着替え終えどこかに行ってしまったナルを探していると、突然後ろから声をかけられた。


「よお、お疲れ伊吹」


そこにいたのは荷物を手に帰ろうとしている伊吹。


「お疲れ様です、ちょっとだけ用があって……、いいですか??」


窺うように俺を見上げた伊吹。

俺はどうしたのかと尋ねる。


「これをお渡ししたくて」


そう言って、伊吹は3つの袋を手渡してきた。

透明なそこから見えるのは、手作りと思わしきお菓子。


「伊吹、これ……」


綺麗にラッピングされたそれはマネ達が部員全員にくれたやつとは違う。

マネのやつじゃなく、伊吹のやつだ。

それを他の部員じゃなく俺だけに渡してきたことに、俺は驚きを隠せないまま伊吹を見た。


「紬ちゃんと太陽君とお父様にどうぞ」


「えっ??……」


紬にあげようと思って作っているとき、どうせなら太陽や斎綺さんにも……、そう思って作ったんだと伊吹はニコリと笑って言った。


「………」


紬を可愛がってくれることや、太陽や斎綺さんの分もくれることは家族としてすげー嬉しいし、そういうお姉さん気質なところが伊吹らしいと思う。

わざわざこうしてくれるのはすげー嬉しい。

でも……。

手の中にあるのは3つ。

俺の分はここにはない。

他のやつからのは正直数稼ぎに欲しかっただけだった。

でも今俺が思っている感情、それは……。


「俺にはくれねーの??」


瀬那との勝負なんか関係ない。

数稼ぎなんかじゃない。

伊吹からのそれを、俺のために欲しいと思う。