一ヶ月後には春だというのに、そんな気配を一向に感じさせないような寒さが続く2月。

3年生の先輩達は仮卒という期間に入り、朝霧稜南高校はいつもより静かになった。

もうすぐ一年が終わるんだなぁ、なんて、散らつく雪をlibertyの部室の窓から眺めて、ぼく一人想いに耽っていると……。


「上等じゃねーか!、お前には負けねー!」


「ボクだって負けないよ!」


バンッと大きな音を立てて立ち上がったレイとセナが何があったのか突然いがみ合いを始めた。


「バレンタインどっちが多く貰えるかの勝負なんだって〜」


ギャーギャーと騒ぐ二人を呆然と見ていると、すぐ隣に来たナルがケラケラと笑いながらどういう状況であるのかを教えてくれた。


「二人ってナルと違ってチョコ欲しがるタイプじゃないよね??」


「そうなんだけどね、な〜んか勝負事になるとどっちも引かないから売り言葉に買い言葉的な??、そんな感じで勝負するみたいだね〜」


「正直チョコとかどうでもよくて、勝負したいだけなんでしょ」


ぼくの質問に対してナルが説明をしてくれると、煩そうに耳を押さえながら避難してきたカナデがめんどくさそうにそう言った。


「カナデはものすごく嫌そうな顔だね」


「チョコとか別に欲しくないしね、荷物増えるだけだから」


「バカだな〜奏ちゃん、バレンタインなんて貰ってなんぼでしょ〜」


舌打ちでもしそうな勢いのカナデに、わかってないと言うように大袈裟に肩を竦めて見せたナル。


ここまで来てようやくぼくは明日が2月14日のバレンタインデーだということに気付いた。

組の人達は男ばかりで、そんな中で過ごしているものだから、すっかり忘れていた。

街中とかはバレンタインムード一色になってはいるものの、あまり気にしていなかったから、まさかもう明日なんて思わなかった。

そうか、明日は世の中の女の子達が頑張る日か。

ぼくは心の中でささやかではあるけど頑張る女の子達へエールを送った。


「あっ……」


そうしているとふと、ぼくはある一人の女の子の顔が頭に浮かんだ。

あの子も特別な誰かにチョコを渡すのだろうか。

あの子もぼくがエールを送る内の一人なのだろうか。


「??……」


何だろう……、今一瞬何か……。

心臓辺りに靄がかかったみたいに……。


「気のせいかな??……」


ぼくはそう呟いて何もなかったように再び窓の外へ目を向けた。

地面に落ちても溶けない硬い雪、明日は積もるかもしれない。




翌日、案の定雪は積もり、ぼくは寒さに体を縮めながら登校した。


「荒川君!これよかったらどうぞ!」


「涼桔君!私のも貰って!」


「荒川先輩!」


すると、校門を抜けると同時に、何人もの女の子達からラッピングされたお菓子を貰った。


「ありがとう、大事に食べるね」


毎年こうしてバレンタインにお菓子を貰う。

みんなわざわざぼくに友チョコや義理チョコなんかをくれて優しいよね。

貰えるのは嬉しいと思うけど、ぼくじゃなくて本命の人にだけあげればいいのにね。

それにしてもみんな顔が真っ赤だったなぁ。

やっぱり雪のせいで寒いんだね。


教室に入ってもいろんな女の子がお菓子をくれた。

お礼を言って受け取りながらそっと辺りを見渡すと、libertyのメンバーがそれぞれ女の子達に囲まれているのが見える。

やっぱりみんなかっこいいもんね。

おはようって挨拶くらいしたいけど、毎年この日はお互いに周りに人がいすぎて近付けないことは承知の上だから、ぼく達は放課後の部活終わり、libertyの部室で会ったときが本日最初の会話になる。

どうやら今年もそれは変わらなさそうだ。

若干苦笑いがでそうになるのを我慢して、ぼくは再び目の前に突き出されたお菓子を受け取ってお礼を言った。




放課後、部活の時間。

何だか今日はやけにギャラリーが多い。

それはラッピングされたお菓子らしきものを手にした女の子ばかり。

誰か本命の人が空手部にいるのかな??

不思議に思いながら、ぼくはいつものように練習を始めた。




あんなに寒いと思っていたのに部活であれだけ動くと体が温まっている。

日が落ちるのが早く、部活終わりにはすでに暗闇になった外を目を凝らして見ると、どうやら雪はまだ溶けていないみたい。

今は温まっているとはいえ、すぐにまた寒くなるだろう。

練習終わりのミーティングで部員全員へ渡されたマネージャーからのチョコを手に、ぼくは急いで着替えを済ませて、今日一度も会話をしていないlibertyのメンバーのところへ向かおうと武道場から出ようとした。


「荒川先輩」


そんなぼくの後ろからぼくを呼び止める声。


「小早川さん、どうしたの??」


振り向くと、そこには紙袋をいくつも提げている小早川さん。

呼び止められたことに対してだけじゃなく、その現状に対してもどうしたのかとぼくは尋ねた。

すると小早川さんは手にしていた紙袋をスッとこちらに差し出して……。


「先輩へ」


「えっ……」


心臓がどきりと跳ねる。


「渡してほしいって今日来ていた女の人達から預かりました」


「えっ、あっ、ああ、そうなんだ、ありがとう」


しかし小早川さんの言葉でぼくはスッと気持ちが落ちたのがわかった。

ふわりと上がった風船が地面に叩き付けられたみたいな衝撃。

それに動揺しながら、ぼくは差し出された紙袋を受け取った。


「それじゃあ、お疲れ様でした」


ぺこりと頭を下げた小早川さんは用事が終わったというように荷物を取りに踵を返した。


もやもやする……。

昨日感じたこの気持ち……。

やっぱり気のせいじゃなかった……。

これが何なのかはわからない。

でも、このままぼくも“それじゃあね”って言って手を振るなんて、そんなの……。


「小早川さん待って!」


できない。