「カナデ……」


そのことに少し感動しそうになった瞬間、カナデは再び口を開いた。


「そもそも俺達が瀬那の言うこと聞くわけないだろ」


その言葉にボクが驚く間もなく、他の三人も口々に“だよね、何勘違いしてるんだか”と言い出した。


「ちょっ!……みんな酷くねっ!?」


そう言うと、四人はケラケラ笑いながら、再び歩みを進めた。


「……ありがとう」


本当は、みんながボクのために受けてくれたということを知っている。

本当は、みんながボクが一歩踏み出すために受けてくれたということを知っている。

本当は、みんながボクが気を遣わないようにとそんなことを言ってくれたことを知っている。

“全然いいよ”とか“構わない”なんて、そんな可愛らしいことは絶対に言わない四人。

“はあ??勘違いすんなよ”と、突き放すように笑う四人。

ツンデレとか、照れ隠しとか、そういうやつじゃない。

そんな可愛らしいもんじゃない。

ただ、素直に優しいやつ達。


ボクは前を歩く四人の背中に聞こえないくらい小さな声で感謝の言葉を述べた。

きっと、聞かれたまた怒られる。

だから……。


「ちょっと!!、ボクのこと置いて行くなよー!!」


いつものように笑おう。

四人が作ってくれたチャンスを目の前に怖気付かないように。

バカをやっていよう。

四人が作ってくれたチャンスから目を逸らさないように。


今日は後期球技大会当日。

ボクが過去から抜け出すため、サッカーともう一度向き合うと、ボク自身が決めた日。

試合開始まで残り三時間。

果たしてそれが、ボクにとって地獄へ叩き落されるためのカウントダウンとなるのか、それとも……。



「あっ」


「どした??」


体育館で行われる開会式に向かう途中、ボクは人混みの中から一人の子を発見。

思わず声を出したボクに、レイが不思議そうに尋ねた。


「ん??どうかした??」


「何止まってるの??」


「何々、誰か見つけたの〜??」


レイの声に、リョウキチとカナデとナルさんも歩みを止め、首を傾げた。


「あそこ」


ボクは見つけた子がいる場所を指差す。


「蛍ちゃ〜ん!!」


「えっ??きゃあぁ!!」


すると、一目散に駆けて行ったのはナルみん。

飛び付く勢いのナルみんに、そこにいた女の子のうちの一人である小鳥遊さんは悲鳴のような声を上げた。

突然の2年の登場に、その場にいた他の1年は驚いた声を上げたけど、その後、それがナルみんだと気付くと、今度は黄色い声を上げ出した。


「あーあー、1年驚いちゃってるな」


「その後喜んでいるみたいに黄色い声出してるけどね」


「めんどうだけど回収に行こうか」


そう言うと、三人もその場へ向かった。

そのことにより、余計に黄色い声は大きくなる。

でも三人はそのことに気付いていない。

モテてる自覚ないやつって怖いよな。

苦笑いを浮かべつつ、仕方ないからボクもそこへ向かうことに。


「砺波ちゃん」


ボクはさっき一番最初に見つけた、髪をふわふわと揺らしながら歩く小さな女の子に声をかけた。


「あっ!後藤先輩!」


すると、砺波ちゃんはいつもと同じ元気いっぱいな笑顔で“こんにちは!”と挨拶をしてくれる。

出会ったばかりの頃と変わらない、元気な笑顔と声。

前に会ったときもこんな風に元気だった。

でも本当は、前に会ったときにはすでにそうたったんでしょ??

だけど砺波ちゃんは気付かせようとしない。

気付かれないようにひっそり、一人きりで……。


「ねえ、砺波ちゃん」


苦しんで。

悲しんで。

本当は、その笑顔の裏はずっと泣いていたんでしょ??

ボクも周りも、それに気付かなかった。

だけどボクはそれを知ったから。


「開会式、一緒にサボらない??」


「えっ??」


突然小さな声で砺波ちゃんだけに聞こえるように呟いた言葉に、砺波ちゃんはキョトンとした顔をした。


「話したいことがあるんだ」


でもその言葉を聞くと、ゆっくりと頷いてくれた。


「よし、それじゃあ行こうか。リョウキチ、レイ、カナデ、ナルみん」


ニコリと笑って見せてから、女の子と話をしている四人の名前を呼ぶ。


「いってきます」


砺波ちゃんの手を掴んで、それを四人に見せながら言うと、四人は顔を見合わせた後……。


「いってらっしゃい!」


全てを理解したように笑ってボクを見送った。