そんな中、一切何も言わなかったのはlibertyの四人だ。

ボクが目を覚ましたあの日以来、ボクの前でサッカーの話はしない。

気を遣っているんじゃない。

ボク達の間には暗黙の了解のルールがあるだけ。

それは、お互いの過去に触れ合わないこと。

ボク達はそれぞれ過去を抱えている。

それぞれ、その過去によって苦しんできた。

もう二度と出会えない最高の親友であるからこそ、過去に囚われているなら救いたい。

だけど救えない。

ボク達は自分の無力さと自ら抱える問題で窒息してしまいそうになる。

この苦しみから抜け出したい。

だけど、他の四人に救ってもらって一人で幸せになんかなれない。

五人が同じ思いであるからこそ、ボク達はお互いの過去に触れ合わないと暗黙のルールを定めている。

でもリョウキチは小早川さんによって救われた。

レイは伊吹さんによって。

カナデは神崎さんによって。

そう、ボク達は救いたくてもお互いを救うことはできない。

だからこそ、三人を救ってくれたそれぞれの女の子達に感謝の気持ちでいっぱいなんだ。

ボク達はボク達以外の誰かが親友を救ってくれるのを、もしかしたら待っていたのかもしれない。

でも、もう一人の親友が過去から抜け出すのはまだ時間がかかりそうだ。

そして、それは絵に逃げてサッカーという過去から抜け出そうとしないボクも同じ……。







「それでは最後に、後期球技大会についての話をします」


担任の先生の声に、ボクは窓の外へと向けていた視線を前に戻した。

そういえばもうそんな時期かと、帰りのホームルーム中なのにクラスはガヤガヤ騒がしくなる。


「うちの学校は去年同様、その部活の人は出られない方式になってます」


前期である夏は校内対抗と学校別対抗があったのに対し、後期である冬はそれがなく、校内対抗しかない。

そのため、バスケ部がバスケに出るとか、卓球部が卓球に出るとか、そういうどこかのクラスだけ有利になることはしないように、という決まりになっている。


「明日のロングホームルームまでにどの競技にするか決めておいてください」


そう言うと、ホームルームは終わり、みんな教室から散らばっていった。


「よーしっ!俺の活躍する季節がまたやってきたな!」


そんな中、ボクの傍で高らかにそう言ったのはレイ。


「ホント、レイってこういうスポーツ大会みたいなの好きだよね」


子供を見る優しいお兄さんのようにクスクス笑ったのはリョウキチ。


「かたや奏ちゃんは毎度のことながら目が死んじゃってるよ〜」


指を差しながらケラケラ笑ったのはナルみん。


「寒いし寒いし寒いし、本当めんどくさい……」


ため息をついて肩を落としたのはカナデ。


「明日までに決めなきゃね、何にする??」


そんな四人を見て、ボクはさっき先生が言っていたことを口にした。


「バスケは俺出れねーんだよなー」


「まあ俺達出たら勝っちゃうもんね〜」


「去年何出たっけ??」


「去年はソフトボールに出たよね」


しばらく話し合った結果、ボク達は去年同様ソフトボールに出ることになった。

サッカーという選択肢もある中、その単語が一度も出てこなかったのは、暗黙のルールのため。


「それじゃあみんなまた後で」


競技も決まったところで、それぞれ部活に向かう。

部活後またlibertyの部室で、といういつもの約束を交わして。



「やあ、いらっしゃい」


「どうも」


放課後、いつものように美術室に来たボクは美術部の顧問である通称おじいちゃんに挨拶をした。


「おじいちゃん、今日美術部の子達は??」


キョロキョロ辺りを見渡しても、いつもはここにいるはずの美術部員が一人もいない。


「もうすぐ球技大会があるだろう??、その後すぐ、二週間後に美術部はコンクールがあるんだよ」


なるほど、もう日がないから集中してラストスパートをかけられるようにと散らばって絵を描いているということか。

おじいちゃんの言葉にボクは納得した。

確かに球技大会を挟めば、絵に対する集中力も落ちるし、疲労も溜まる。

できることなら球技大会が始まるまでにほぼ完成の状態に持って行っておきたいってわけだ。


「1年生の砺波ちゃん達も出すの??」


文化祭のとき、初めてあの子の本気の絵を見た。

上手い、なんて言葉じゃ片付けられないものを感じた。

あんなにすごい絵に出会ったのは初めてだった。

だからまた、あの子の本気の絵を見たいと思うし、コンクールに出したらどこまで行くのか見てみたい。

あのとき、そう本気で思った。


「ああ、学年関係なく全員出す……のだが……」


「何かあったの??」


頷いた後、煮え切らない返信をしたおじいちゃんに、ボクは首を傾げる。

すると、おじいちゃんは深く頷いてから口を開いた。


「砺波がね……」


「砺波ちゃん??」


「他の子達はみんな完成に近付いている中、あの子だけ真っ白なんだ」


「えっ……」


「描けないって苦しんでいるんだよ」


あんなに綺麗な絵を描くあの子が挫折??

ボクは信じられないと耳を疑った。

でもおじいちゃんの眉間に寄ったシワを見て、嘘や冗談なんかではないと気付く。


「どうしたものかねぇ……」


悲しげに呟かれたその言葉。

おじいちゃんも砺波ちゃんの才能がどれほどすごいのかわかってる、だから悔しいと思っているんだ。

ボクもあんなにすごい絵を見れないなんて惜しいと思う。

でも……。


「他人じゃどうしようもないよね、挫折って本人が立ち上がるしかないから」