気付いたときには、ボクの身体は動かなくなっていた。


おかしいなぁ、周りの音が聞こえない。

おかしいなぁ、目を開けているはずなのに真っ暗だ。

おかしいなぁ、呼吸をしているのかがわからない。

おかしいなぁ、声が出ない。

おかしいなぁ、足も手も動かない。

おかしいなぁ、ボクはいったい……。


一人取り残された孤独感と疎外感。

働かない身体に対する虚無感。

そして、事の次第に気付いてしまった絶望感。

そうだ、ボクの身体はもう随分も前からボロボロだった。

あの人のキングの駒として使われ始めたあのときから。

ずっと悲鳴を上げていた、なのにボクは気付かないふりをした。

手に入れたいものへ手を伸ばすことばかりを考えて。

それがマインドコントロールであったことにも気付かないふりをして。

ひたすらに、追い求めていた。

そうだ、ボクの身体はもうボロボロ。

使い物にはならない。


意識はある、なのに全てが静止したように、ボクは暗闇の中にポツンと倒れていた。

ボクが全ての機能を取り戻したのは、それから半月後。

最初に目に映ったのはlibertyのみんなだった。

驚いた顔、嬉しそうに笑みを浮かべた顔、そしてくしゃりと歪められた顔。

一瞬にして変化したその表情にボクが戸惑う間もなく、四人は涙を流した。

事態を飲み込めず、どうしたものかとわたわたしたのはボクのほう。

それから落ち着いた四人に何があったのか話を聞いた。

準決勝の試合中、後半が始まって5分。

突然ボクはしゃがみ込み、そのまま倒れ、今の今まで一向に目を覚まさなかったらしい。

試合はボクが前半に決めた2点のゴールでチームは勝ったらしいけど、ボクは途中棄権を余儀なくされた。

そして決勝戦は完敗だったという。

監督は今回のことを機に強制退職を言い渡されたそう。

ボクが監督から受けていたものを、libertyのみんなはチームメイトに聞いて知ったと言った。

怒られた。

どうしてそこまでやったんだ、マインドコントロールを受けていたことに気付けよ。

謝られた。

止められなくてごめん、知らなくてごめん。


誰も悪くなんかない、ボクの責任なのに。

なのにみんなに謝らせてしまった。

最低だ。

だからボクはみんなを安心させるため、そして自分自身、まだまだ続けたいサッカーを復帰できるよう頑張った。

動かない足や手のリハビリ。

落ちた筋力も鍛え。

できることは何でもやった。

とにかく毎日必死に、サッカーをやるために。

努力の甲斐あって、ボクの身体は中学3年に上がる春に完治した。

少し後を引くけど、動き回れるようになった。

けどまだ試合に出るには充分ではない。

だけどこれからもサッカーを続けるためには、練習をしたい。

だからボクはサッカー部への復帰を決意していた。

はずなのに……。


「っ!!」


サッカーをしているチームメイトの姿を見た瞬間、ボクの鼓動は激しく脈打った。

そしてせり上がってくる吐き気。

止まらない震え。

前に進もうとするのに、勝手に足は踵を返して戻っていく。

あの人はもういない。

ボクが苦しんだ原因となるあの人はもういない。

わかってる。

わかってるのにっ……。

気持ちはサッカーを続けたいと言っている。

なのに身体が言うことを聞かない。

グラウンドに近付けないことはおろか、その姿を目にすることもできなくなった。


「そうか……これが挫折……そんで、ボクはもう二度と戻れないのか……、そうか……これが絶望……そんで、ボクはもう二度とっ……」


中心を失ったボクは、軸を失ったコマと同じ。

軸がなければクルクル真っ直ぐ回れない。

ふらふらと、その場に倒れるだけ。

じっと、その場に横たえるだけ。


妙に納得してしまった後は、自暴自棄になった。

髪を金に染め、短かった髪を長くした。

小さな抵抗でしかなかったけど、もうサッカーへは戻らない、忘れんだ、と鏡を見るたびに戒めになるようにしていたかったんだ。


驚いて理由を聞いてきた人はたくさんいた。

もちろん先生には校則違反だと言われた。

でもサッカー部での噂を聞いたのか、あまり強く怒られることはなかった。

それをいいことに、ボクは改善しようだなんて発想はなかった。

でもやっぱり聞いてくる。

話しかけてくる。

心配してくる。

サッカーの話をしてくる。

放っておいてくれと願った。

監督が強制退職になったほどの大きな事件だったから、高校に入っても噂を聞いたやつがたくさんいた。

どうも同い年にはフレンドリーに見えるらしいボクは、そんなやつ達にあのときの話をされることが多々ある。

今はサッカー部の練習を少し見るくらいなら大丈夫になったけど、そのときはまだみることさえできないときだった。

だから放っておいてくれと、心の底から願った。