「女将、お客様が……」


「女将、あちらに……」


「女将、これを……」


1月1日、元旦。

昨日で一年は終わり、今日からまた新しい一年が始まる。

旅館を経営するものにとっては、年末年始は大忙し。

女将である私は手も足も一秒も止める時間はない。

もちろんここで働く子はみんな常に動き回っていて、休まる時間は無いに等しい。

引っ切り無しにお客様が出て、入って。

お客様のためのお料理を作り、それを配膳し。

お帰りになられたお客様の部屋を掃除し、布団などは洗濯。

次はあれをして、その次はあれをする。

頭の中で組み立てた予定を一つずつ片付けても、到底終わりが見えない。

目が回る忙しさってこういうことを言うのね、と一人納得。


私には三人の子供がいる。

何年か前までは、長男と長女もこんな忙しいときには手伝ってくれていたけど、それぞれ結婚して、挨拶回りやら何やらで年始にここへ来るのは忙しさも引いた夜。

結婚して家を出るというのはそういうことだから、別に構わない。

というより、逆に新年早々実家のここに帰ってきて、妻や夫の家に挨拶に行かないようなハンパものに育てた覚えはない。

親を大切に、なんて子供に教える親もいるけれど、私は親である私達より、義理の父母を大切にしてもらいたい。

それが後藤家の育て方。

だから長男と長女が夜にやってくることについて何も思わない。

逆に朝とか昼に帰ってこようものなら、問答無用で追い返す。

子供に会いたくないのか、なんて聞かれたら、別に会いたくないわけじゃない。

だけど長男と長女の二人がいなくても、私にはもう一人息子がいる。


「母さん」


「どうしたのセナ」


急ぎ足で動き回る私の前に見えた金色。

お正月にピッタリのおめでたい色。

その色の正体は、さっき言っていたもう一人の息子である瀬那。

後藤家次男の瀬那は、まだ高校生のため、結婚して家を出ている長男と長女とは違い、家にいる。


「これはボクがやるから、母さんはちょっと休憩してよ」


そのため、こうしてよく旅館の手伝いをしてくれる。


「いいわよ、これは私がするわ。貴方こそ新年早々から手伝いなんかせず、友達と遊んできなさいよ」


とても助かるし有難いと思う。

でもそのせいでセナの時間を削ってしまうのは嫌。

特にこんな日には、家の手伝いなんかせず、友達とどこかへ出掛けたりしてほしい。


「いつもは散々こき使うのに」


そう思って言った私の言葉に、セナは苦笑いをして肩を竦める。

そんなセナを横目に、手に持っていたお客様へのお土産を抱え直してスタスタと歩いていく。


「でも正月はlibertyのみんなもそれぞれ家族と過ごすから、ボクも今日は外に出ないよ。ということで」


しかしそう早口で言われた後、私の手にしていた物を、セナがひょいっと奪った。


「昨日から働きっぱなしでしょ??、ボク昨日初詣に行っちゃってたからあんまり手伝いできなかったし。だからこれはボクに任せて、母さんは休憩」


呆然とする私をよそに、セナはそのまま去って行ってしまった。


「バカね……」


“初詣に行っちゃってたからあんまり手伝いできなかった”

なんてバカなことを言う子なのかしら。

貴方を初詣に行かせるようにしたのは私なのよ。

実はあのとき、玲斗君のお父さんである斎綺さんから電話をもらった。

“玲斗に家族とじゃなく、友達と過ごしてもらいたいんです”って。

斎綺さんは玲斗君がどれだけ頑張ってきたのか知ってる。

だからこそ、家族のことは気にせず、友達と過ごして普段見れないあどけない笑顔をしてほしいと思ったに違いない。

それは私も同じ。

セナと幼なじみの玲斗君は私にとって息子のようなもの。

柚ちゃんの大切な息子である玲斗君が頑張ってきたのを私も知ってる。

だから斎綺さんの気持ちに応えるため、セナを早めに切り上げさせ、玲斗君と初詣に行くようにした。

それと、私自身も、息子であるセナに、斎綺さんが玲斗君に向けて思っていたようなことを思ったから。


「親はね、親のために頑張る姿より、友達と楽しんで笑ってる姿を見たいものなのよ」


セナもいつか長男と長女のように誰かと結婚してここを離れるかもしれない。

子供として扱える日なんてもうそんなに長くはない。

だからこそ、子供として扱えるギリギリまで、私に親でいさせて。


「まったく、もっと子供らしくいてちょうだいよ」


セナ、そんなに急いで成長しないでね。