俺があの人と出逢ったのは中学2年の春。


「ねえねえ成海君、今年赴任してきた先生の中で1人だけすごく若い先生いるの知ってる??」


「新任だって言ってたよ」


「へ~そうなんだ~」


新しいクラスになる前、教室中は新しく赴任してくる先生の話題で持ち切りだった。

その話の中、誰よりたくさん名前が挙がったのは23歳新任の音楽教師。

若くて可愛くて優しそうな人だと、みんな口をそろえて言っていた。

俺も笑って相づちを打つけれど、正直そこまで興味はなかった。

なぜなら、女の子はみんな可愛いもので、飛び抜けて誰か1人だけを愛しいと感じたことは今までなかったから。

簡単に言うと、昔からフェミニストだった俺だけど、“恋”というものをしたことがなかった。

だからクラスの女の子のその話も、右から左へ軽く受け流して、興味なんかなかったんだ。


「今日からみなさんの音楽の授業を担当させてもらいます、多部明美です、よろしくね」


着任式のときにはちゃんと見てなかった俺は、最初の音楽の授業のときに始めて先生のことをちゃんと見た。


「ふ~ん……可愛いじゃん」


確かにみんなの言うように若くて可愛くて優しそうな人だった。

だからつい、そんな言葉が口から出てしまった。


「最近成海君音楽の授業真面目に受けてるね」


「そうかな~??」


もともと音楽授業をテキトーに受けていた俺に、しばらくしてクラスの女の子がそんなことを言ってきた。

だけど言われたのはその子だけじゃない。

その他何人もに言われていた。

そして決まってみんな同じことを最後に言う。


「可愛い先生だから張り切ってるんだね」


そう言って俺を弄ってくる。


「そうかもね~」


聞き飽きたその言葉に、俺はいつも同じ返事をしていた。

だってみんなの言葉は全く意味がわからなかったから。

だからいつもテキトーにやり過ごしていた。

だけどそれが決定的に変わる日が突然訪れた。


放課後、職員室に用のあった俺は一人用事を終えて廊下を歩いていた。


「ピアノの音??……」


すると、微かに俺の耳にピアノの音が聴こえた。

今日はどこの部活も休みだから、吹奏楽部が使っているなんてことはない。

それなら一体誰が??

ふと興味がわき、俺の足はその綺麗なピアノの音へ吸い寄せられていった。


「!!」


扉は開いている。

そっと中を覗き込むと、グランドピアノが目に入る。

そこに座っている人をよく見ると、それは新任のあの人。


「多部先生……」


音楽の授業のときとは違うピアノの音。

音楽に詳しいわけじゃない俺でもわかるほどの綺麗で繊細な音。

楽譜は置いていなくて、目を閉じた状態で曲を奏でている。

俺が何よりも驚いたのはその姿。

いつもの若くて可愛くて優しそうな多部先生とは違い、大人っぽくて綺麗で儚い。

音が止まれば消えてしまうんじゃないかと思うほどに。


気付けば俺はその音に、その姿に、全てに魅了され、立ち尽くしていた。