「それじゃあ行ってくるね」


そう言って部室のドアが閉められた。

4人はそれぞれぬいぐるみを持って行くべきところに行った。

俺はまだ瑠美ちゃんがお菓子を作ってるところだろうと思い、もう少し部室で待機することにした。

静かな部室で1人、俺はとりとめもなく窓に近寄り外を見た。

そこから見えるのは……。


「陸上部……」


幅跳び、ハードル、高跳び、長距離、中距離。

それから……。


「もう走らない……短距離……」


白いレーンの引かれた上を全力で走る短距離。

母さんと兄さんを傷付けていた、短距離。


「馬鹿みたいだ」


こんなに見ているなんてまるで未練があるみたい。

そんなこと有り得ない。

頭を左右に振って視線を別の場所へ移動させる。


「今日はハル君いないのかな??」


その先は長距離走者の集まっている場所。

だけどそこにハル君の姿がない。

いつもいるはずなのにどうしてだろう??……。


コンコン。

そんなことを考えていると、突然ドアをノックする音が聞こえた。

わざわざここを訪ねてくる人なんてなかなかいない。

不思議に思いながらもドアを開けると……。


「ハル君??……」


そこにいたのはハル君だった。


「珍しいね、ハル君がわざわざ俺を訪ねてくるなんて……」


俺に用があると言うものだから、ハル君を部室に招き入れた。

ソファーに座らせて紅茶を出し、俺も向かい側のソファーに腰を下ろした。


「そうかもしれないな。お互い、あまり無駄話をしないからな」


「そうだね、俺達の間はそうかも……」


少しの沈黙。

何か用があってきたはずなのに、ハル君はなかなか話そうとしない。

俺はそんなハル君の目を見つめた。


「実はお前に言っておきたいことがある」


するとハル君はそれを合図のように話し始めた。

俺はハル君の言葉に耳を傾ける。


「今日、陸上部の部長発表があり、俺が部長になった」


「そう……やっぱりハル君がなるとは思ってたよ」


別に驚きはしない。

だって中学のときも部長だったし、結果があまり残せていない霧南の陸上部を支えてきたのはどう考えてもハル君だから。

当然の結果に俺はただ頷く。


「ハル君」


俺の声にハル君が少し首を傾げた。


「本題は何??」


「気付いていたか……」


「当たり前。ハル君が部長になったことを自慢しに来たなんて有り得ないからね」


そう、ハル君はこんなことをわざわざ言いに来たわけじゃない。

本題は別にある。

ハル君は俺の言葉に軽く息を吐いてから、真っ直ぐに俺を見つめた。


「単刀直入に言う。長坂、陸上部に入らないか??」


「えっ……」


何を言っているんだ??……。


「もう一度、短距離走者にならないか??」


わけのわからないハル君の言葉。

だって、ハル君は俺が陸上部を辞めたのを知っているから。

理由は知らないにしろ、絶対に走らないことを知っているから。

それなのに、どうして俺を……。


「突然どうしたの……意味わからない……」


「突然なんかじゃない、ずっと本当は思っていたんだ……陸上部に遊びに来させていたのも、短距離から離れても、陸上自体から離れてほしくなかったからだ……」


「っ!?」


ハル君がある日突然俺を陸上部に遊びに来るよう誘った理由はこれだったのか……。