「本当に大丈夫です」


「でも……」


付けミミなのに、まるで本物みたいにうなだれている狼のミミ。

こんなに優しい先輩を困らせるなんて、私ダメだな……。

どうにかいつもの笑顔が見たい。

そう思って私が思い付いたことは、


「ちちんぷいぷい先輩元気にな~れ」


人差し指の指先を上へ向けて立て、グルグル回して呪文を唱え、「な~れ」で荒川先輩へ指先を向ける。


「………」


「えっと……一応魔女なので……どうですか??」


固まって目を見開く荒川先輩に、だんだん自分のしたことが幼稚過ぎて恥ずかしくなってきた私は、熱が集中する顔を先輩に見られないように両手で隠す。


「……もうホント」


「えっ??……っ!!?」


小さな声で何かを呟いた荒川先輩。

私はそれを聞き取れなくて、顔を上げて聞き返す。

するとそこにいたのは、いつものニコニコ笑顔の先輩ではなく、顔を赤く染めて、困ったような笑顔で私を見ている荒川先輩。


「先輩??……えっと……どうかしました??」


そんな風に顔を赤く染めているのはなぜですか??

ドクドクとうるさい自分の鼓動の方が気になって、そんな質問をできる状態ではない。


「小早川さん、狼男にハロウィンの呪文であるTrick or Treatは通用しないって知ってる??」


「えっ??」


未だに赤く染まっている先輩は、突然そんなことを言った。


「いえ……そうなんですか??」


ゆっくりと縦に首を振る。

そんなことは初耳である私は、「何かの本にでも載っていたのかな??」なんてそんなことを考えていた。


「……狼男はね」


すると、先輩はゆっくりと私へ近付いてきた。

それにより、私達の距離は20cmほどに……。


「あっ、荒川っ……先輩っ??……」


こんなにもこの人が近くにいることなんて今までなかった。

私の鼓動はさっきよりも激しく脈打って苦しいくらい。

なのに、荒川先輩はそんな私に気が付かず、その距離感から離れようとしない。


「狼男はね、満月を見ると変身するんだよ……だからね、まだ人間である狼男にお菓子をあげたって意味ないんだ」


「えっと……どういう意味ですか??……」


苦しい。

早く離れたい。

だけど離れたくない。


「狼に変身しちゃえば、いくらでもイタズラはできるってこと。たとえそれが……」


その瞬間、私の手に持っていた、魔女の仮装道具であるほうきを引っ張られた。

それによって体が前へ連れて行かれる。

そしてそれは、荒川先輩のすぐそば。


「可愛い魔法が使える魔女相手だとしてもね??」


「いつもの……先輩じゃ……ない……みたいです」


中性的な顔立ちで、男らしいというよりはどちらかというと可愛らしい印象を受ける。

それなのに、今日は何だかとても男らしく見える……。

というよりも……。


「うん、そうかもね……あまりにも小早川さんが可愛いこと言うから、たまにはぼくもこんなこと言うのも悪くないかなぁって思ったんだよ」


いつもより、大胆なように思える。




臥龍先輩、調査報告です。

狼男さんが狼さんに変身してしまうと、どうやら私の心臓が保ちそうにありません。

そして、狼さんがハロウィンというイベントによって珍しく冗談を言っているのだとしても、その普段と違う大胆さは、どうも私には軽く受け止められそうにはありません。