結局伊吹は戻って来ないまま、3試合目が始まった。


俺を信頼して名前を呼びボールを運んでくれるチームメイト達。
それ達に応えることなどできない。


このまま紬は連れて行かれ、俺は試合でも負けるのか??……。

どうしてこんなにも俺は無力なんだろう……。


「紬っ……」


呼んだって仕方のない名前。
もう二度と会うことのできない妹。


「守ってやれなくてっ」


交わした約束は今日で……。


「ごめっ」


「れーくん!!」


破られると思っていた。

なのに聞こえる声は俺の名前を呼んでいる。


「れーくん!!」


居ないはずの姿は俺の目に映っている。


「れーくん!!がんばってーー!!」


ちゃんと、そこに存在している。


「紬……」


俺の大切な妹。


「レイ!!お前の欲しいものはちゃんとある!!まだ消えてない!!」


「レイ!!ちゃんといるんだよ!!よく見て!!ここにいるんだよ!!」


「玲斗!!諦めるな!!何も終わってない!!まだ何も!!」


観覧席で紬を抱いている伊吹を真ん中にし、瀬那とりょーすけとカナが俺に向かって叫んだ。
ちゃんと紬はここにいるのだと。


「岡本先輩!!アナタは無力なんかじゃない!!アナタはちゃんと強い!!もう充分守ってあげられる力がある!!だからっ……」


伊吹……。


「だから逃げないでっ!!」


涙を流して叫ぶ伊吹の言葉にハッとした。


「玲斗、つむたんね、舞璃ちゃんが連れてきたんだよ」


隣に立つナルが俺にだけ聞こえるくらいの声でそう呟いた。


「俺に事情話して、抜けること伝えて、セツ子とりょうと奏ちゃんに、玲斗の家の場所教えてもらってさ……多分、必死で頭下げて連れて来てくれたんじゃないかな」


伊吹が……。
あの人達にわざわざ頭を下げて??……。
俺のためだけに??……。


「っ……」


何事かと静まっているコート内。


「絶対勝つからな!!」


俺はそう叫んで試合を再開した。


1試合目の時とは比でないほどのバスケ。
手足は今までで一番動く。
呼吸も全く上がらない。

そして……。


「以上で終わります」


優勝したのは俺達霧南。


「れーくん!」


「紬っ!!」


片付けを終えてナルと伊吹と共に外へ出ると、libertyの3人と紬が待っていた。


「よかった……紬……」


「何がよかったの」


紬を抱きしめた瞬間に聞こえた声。
それによって、空気が張り詰めた。


「あっ……あっ……」


そこに立っていたのは紬を連れて行こうとしている祖父母。


「今回はこちらのお嬢さんに頭を下げられたから特別に許してあげただけよ」


「もう二度と会うことはないのだから、最後に叶えてやったに過ぎない」


紬を連れて行ったあの日と同じ冷たい声と目。

俺の約束を壊したあの時と同じ。


「行くわよ紬」


「えっ!?」


無理やり紬の腕を掴んで引っ張って行く。
また紬が居なくなる。


だけど……俺に何が出来る??
俺はどうしたら……。


「いやっ……」


「っ!!」


僅かに聞こえた紬の抵抗をする声。


「玲斗……何をしている」


頭上から聞こえるのは祖父の怒りの含んだ声。

俺は今、祖父母の前に座り、外だということも構わずに、地面へ付くほどに頭を下げている。


「お願いですっ!!……紬をっ……返してっ……紬をっ……連れて行かないでっ!!」


俺の言葉に息をのむ音が聞こえた。


「こんなことをしてはしたないっ!!アナタここが外だとわかっているの!?」


「わかっています!!だけどそんなの関係ないっ!!紬を俺達に返してくれるなら何だってする!!」


軽蔑と怒りの混じったを荒げて俺を罵倒する祖母。
だけど俺は頭を上げずに言葉を続ける。


「頭を下げればいいとでも思っているんだろう!?そんなものっ!!」


「確かに頭を下げることしか出来ないっ!!……俺……いや、僕は、どうしたってこんなことくらいしか出来ないっ……どうしたってまだ高校生でしかないからっ……だから何度だって頭を下げるっ……これしか僕にはないからっ!!こんなことくらいしかっアナタ達にお願いできる術を知らないからっ!!……こんなことくらいでしかっ紬を守る術を知らないからっ!!」


どれだけ滑稽に見えるだろう。
だけどそんなの構わない。
俺のプライドなんて、今は何の役にも立ちはしないのだから。