「あれ、レイもう帰るの??」


放課後、やっと帰る時間になり、俺は支度をして鞄を持ち上げたところでりょーすけに呼び止められた。


「今日は部活ないからって帰るの早くな~い??」


りょーすけの声で俺に気付いたナルもそう言った。


「玲斗、もしかして今日……」


カナは俺が早く帰ろうとしている理由に気付いたらしい。


「早く行ってきな」


カナに頷いた俺を見て、背中をポンと押して笑う瀬那。
3人もその後ろで笑っている。


「おう!行ってくる!」


笑顔を送り俺は走った。
なぜなら今日は……。


「れーくん!!」


「紬!!」


妹に会える日だから。




俺は中学まで野球をしていた。
小さい頃から気付けば野球をしていたんだ。
ちゃんとチームに入ってするようになってからはずっとピッチャーをしていた。

だけど俺は中学3年のある日、野球を捨てた。


「れい君!ナイスプレー!」


ずっと俺の野球を1番に応援してくれていたのは母親の岡本柚紀(おかもと ゆずき)。
俺は特に意味はないけどずっと「柚紀さん」って呼んでたっけ……。


「れい君、よう君、妹が出来たわよ」


「マジで!?かーちゃん!!」


「妹っ!?すげーー!!」


そういえば、中学2年の時、妹が出来たって聞いたときは弟の太陽と一緒に大喜びしたな。


「名前はもう決めてあるのよ」


周りの人の幸せをつむいでくれる存在。
それが「紬(つむぎ)」。
俺達家族は紬も含めた5人で過ごせる日をずっと楽しみに待っていた。


「れい君」


柚紀さんはいつだって優しく笑ってくれていた。
いつだって近くでいてくれていた。
いつだって暖かかった。
いつだって俺達を見守ってくれていた。
いつだって………。


「えっ??……柚紀さんが……事故??………」


中学3年の大雨の日。俺の思い描いた未来が崩れ落ちた瞬間だった。


「赤ちゃんを何とか守ろうとして自分を犠牲にしたみたいですね……」


「赤ちゃんが生きていただけでも奇跡です……」


病院から告げられた言葉は俺の未来を完全に消し去るには充分過ぎた。


「かあぁぁーちゃあぁぁーーん!!うわぁぁぁーー!!」


泣き叫ぶ弟の声。


「っ………」


唇を噛み締め涙を流す父親の姿。


目の前のことなんて、俺には到底信じられないことだった。

柚紀さんがいなくなり、俺が野球をする意味はなくなった。
そして俺は野球を捨てた。

俺は涙が出なかった。
野球を辞める時も、葬式の時も、最期の別れを言う時も。


「うー」


「っ!!」


まだ産まれたばかりの幼い妹。
これから先母親を知らずに生きていく妹の小さな小さなその手が俺の指を掴んだ。


「つむ…ぎっ…つむぎっ…紬っ…紬紬紬っ!!……」


その時、柚紀さんが死んでから初めて、俺の目から涙が流れた。


「お前はっ…俺が守るからっ!!」


意味もわからないであろう幼い妹に俺が涙と共に誓った約束。