「大酒飲みだ、大酒飲みの少年が現れたぞっ」

アクスがその酒場“ガラスの月亭”に入った時、店内は異常な興奮と熱気に包まれていた。

人々のやかましい輪の中心で、一人の風変わりな少年が黙々と酒を口に運んでいる。

その隣には空になった樽が一本、転がっている。

―なかなかやる。アクスはこの時点で勝負する気満々になった。そして少年の向かいの席に腰掛けると、

「私にも樽一本」

と挑戦的に言い放った。店内にどよめきが走る。少年の瞳が生意気そうに輝き、アクスを睨み据えた。野生の牡鹿のようにいきいきとした目だとアクスは思った。

「…やめたほうがいいぜ、赤毛のおっさん。俺は酒に強い」

「ふん、お前みたいな不良小僧に私が負けるか。私が樽一本飲み干すまで、お子様は休んでいてもいいんだぞ」

互いの態度が癇(かん)に障った。

この時二人はどこまでも勝ち負けに拘泥(こうでい)することを決めた。

この夜の勝者はアクスだった。

ファベルジェもアクスも一目見ればそれとわかる有名人であったはずなのに、二人はまったく気がつかずに互いのことをただ気に障る奴としか思わなかった。

ファベルジェは今まで酒で誰かに負けたことがなかったので、酔いつぶれてしまった自分がとても悔しかった。

「ぜってぇ、あの赤毛のおっさんにだけは負けねぇ!」
と、打倒赤毛を誓って毎日ガラスの月亭に通った。どうせ作戦を止める名案も浮かばぬ毎日だ、酒の勝負に夢中になるのも無理もないことだった。

「また来たか、赤毛のおっさん」

「不良小僧め、おっさんおっさん呼ぶな。失礼にもほどがある。私はまだ30だ」

「俺だってもう16だぞ! 小僧じゃない!」

「どこからどう見ても、小僧じゃないか」

「なんだと! あんただってどう見てもおっさんだよ! この髭だるま! ふん!」

つくづく互いの態度が癇に障った。二人はにらみ合うと、同時に声を張り上げた。

「おかわり!!」

この夜の勝者もアクスだった。そんな日が何日も続いた。