その時間近で獣のくぐもった呻きが聞こえ、フューリィの体は強い力にひきずりあげられた。

何が起こっているのか、まったくわからなかった。

目を開けると迸る鮮血の赤が躍る。

なんということだろう、これは夢かとフューリィは我が目を疑った。ひらめく鈍色の軌跡が目の前で獣を一匹、また一匹とまっぷたつに断ち割っていくではないか。

フューリィは遅ればせながら、自分が力強い腕に抱かれていることに気がついた。間近に迫る精悍な横顔に見覚えがあった。

「…アクス、おじさん…?」

そうそれはアクス、紛れもなくあのアクスであった。

アクスは左腕でフューリィを抱きながら、フューリィを食らおうと群がってくる獣を右手の斧の正確な攻撃で次々と倒していった。

その時転倒していたゴーグが起き上がった。

彼が今や細く開いた門の内側に嬉々として突進していくのを止めようと、フューリィごとアクスが追いかけ手を伸ばす。

しかし届かない! 

アクスの手をかすってゴーグの背中が村の中に入り込む。ゴーグの後を追って魔月たちが門の内側へなだれ込もうとする。

間一髪、それだけはすれすれでアクスが止めた。

門の内側へ体をすべりこませ、激しい足の一撃で門をばしんと閉めたのだ。

魔月たちがばらばらと門にぶちあたる音が響いた。

「アクスおじさん、どうして…? 逃げなかったの…?」

フューリィは呆然と、門にかんぬきをかけるアクスを見上げながら尋ねた。

フューリィはアクスが斧を使えなくなっていたことも、病で倒れたことも知らなかったが、それでも信じられない気持ちでいっぱいだった。通りすがりの旅人であるアクスが村を守るために残るなど考えられないことだった。