「あの子を虐める悪い奴らを退治しに行くんだ」

弟は本気とも冗談ともとれない一定の声のトーンでなんともなしに呟いていた。

僕はワイパーの拭き掃かす雨粒を視界に入れたままゆっくりとカーブを曲がるところだった。

「人は誰しも不幸になるために生きてきたわけなんかじゃない。誰もが平等に幸せをつかむ権利はあるはずだ。兄貴だってそう思うだろ?」

「あぁ」

「良かった。なら話しは早いや」

弟は再びシートに深く身を沈めた。

気の抜けたような安心しきったような表情を浮かべ、声のトーンもさきほどよりいくらか軽快になっていた。

「なあ、一つ訊いていいか?」

僕は表情を一切変えず弟に質問することにした。

「なんだい? 兄貴」

「本当に、"退治"しに行くつもりなのか?」

「そうだよ」

「それはあの子も承知済みなのか?」

今朝、彼女が弟の気まぐれに賛同した時のことがフッと脳裏をよぎった。

きっとあれは直感なんかではなかったのだ。

彼女自身も幾らかわかっていた。

きっとそうなのだ。

さっき彼女が流していた涙がそれを物語っていたように思えて仕方がなかった。