暗い森の中を、ー人の青年が歩いていた。
フワリと風が吹き、髪がなびけば、それを気にするように、風の通りぬけた先を疑視する。
しばらくすると、ため息をつき、諦めたように、また歩みを進めた。
上品なスーツの所々は枯れ葉がつき、柔らかな革の靴はすり傷と泥にまみれていた。
森の入囗が見えてきた頃、さっと、横から眩い光で照らされた。
「信数、お前、なんて格好でうろついてるんだ。」
呆れたようなその男の声には、聞きおぼえがあった。
「何だ、和樹か。」
眩しい光を手で遮りながら、声の主を見た。
がっしりとした体格のよい長身に、Tシャツとジーンズを纏い、身のこなしも軽やかに、こちらに近付いてくる。
森の闇にも溶け込むような漆黒の髪、意志の強い瞳。
長く行動を共にしてきた幼なじみの姿は、心細かった気持ちを安堵させた。
「何だとは何だ。行先も告げずに消えるから、皆が心配してたぞ。」
「ああ、悪かった。」
和樹は向いあうと、すっと手をのばし、頭や肩についていた枯れ葉を払ってくれる。
頭一つ分は身長差があるため、少し見上げながら表情を伺った。
豪快だが面倒見がよく、世話好きな心配性だが、頑固なために怒らせると後が面倒なのだ。
「悪かったな。少し、探してみたかったんだ。」
「ああ。」
和樹は、分かってると頷く。
「それで、見つけられたのか?」
「いや。」
首を大きく横に振る。
「そうだろうな。」
和樹は、森の奥をのぞき込むように見つめた。
「せめて、行方を知っている妖精でも出てきてくれないかと思ったんだが…。」
「お前は見えないんだから、仕方ないだろう。美香でも連れてくればフェアリーの一匹くらいは捕まえられるだろうよ。朝になったら出直すか?」
「いや、時間が惜しい。昼に柚木から連絡があったが、てこずってるようだから、すぐ日本に帰えろう。」
「日本か、久しぶりだな。」
そういうと、和樹は空を仰いだ。
つられるように信数も夜空を見る。
降るような星空と言う言葉が思わずうかぶほど、暗闇の中に鮮やかに輝いていた。