【短】人妻と、飛び魚と、真夏の果実



マリエ…さんの、左手薬指に、



……銀色の輪っか。




「どうしたの?」


マリエが怪訝な顔をする。


「イヤ。なんでもないす」


俺は慌てて取り繕った。
トレイをブンブン振り回して。


う、迂闊だ…なんで気が付かなかったんだろう。

マリエは、人妻だ。

そりゃそうだ。こんな女、男がほっておくわけない。


目の前のマリエは、ニッコリと笑った。


「藤枝君の、ウェイター姿、素敵。蝶ネクタイがよく似合っている」


なんて、ニクいことを言ってくれるんだろう。


きっと、尽くすタイプなんだろうな。旦那が羨ましい。


そうだ。結婚してることを含めて、マリエなんだ。


彼女の全てを受け止め、愛そう。


いつか振り向いてくれるまで、俺は待つ。


カランカラン、と音がして、いらっしゃいませ、とマスターの渋い声が響く。


客が来た。

持ち場に戻らなければならない。


マリエは、ちらりと俺を見て、
目だけで、『頑張ってね』と告げる。


文庫本を広げ、パラパラとページをめくるマリエの横顔を見て、俺は、コントロール出来ない心の動きを感じていた。