「せんせぇ、来るまで暇ぁ」
「そうだね」

花菜はだらりと、椅子にもたれ掛かってため息をついた。

「おかしいよ、高校生活スタートがこんなのだなんて」
「こんなもんでしょ」

出席番号順の席では、花菜の三個後が紗和で微妙に離れている。今は花菜の席の近くで話しをしている状態だ。
そんな時、ドアが開いて先生が入ってきた。

「やっとだー」
「んじゃ、またね」
「うぃー」

先生は黒板の前に立つと、席に座るように指示をした。特に特徴の無い三十路くらいの先生だと、花菜は思った。

「じゃぁ、自己紹介とかは後にして講堂いくぞー。移動しろー」

間延びした緩い声と共に講堂への移動が開始された。前を先導する先生について、名前順の二列で廊下を進む。
講堂はさすが私立というか金持ち校というか……広くて綺麗に椅子が並べられている。
スクリーンのかわりに舞台がある、広い映画館のような造りになっていた。

「ひろー」
「無駄じゃない、これ」
「えー、そんなことないよぉ」

全員が入場し終わり、司会が話し出す。司会はこの学校の生徒会長らしく、詰まることもない堂々とした進行で、理事長の挨拶や、新入生代表の挨拶などが淡々と進められていく。
そして、新入生歓迎の言葉で今までの司会をしていた会長が壇上にあがった。すると、会長の顔が初めて露になる。

「……かっこいい」

気づいたら花菜はそんな言葉を口から溢していた。
優しいミルクティーみたいな色の髪に、整った目鼻立ち。理事長なんかより、存在感があった。

「――まずは、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。これから私たちは皆さんの先輩として、皆さんを支え、時には……」

スラスラと紡がれる声も、自然と耳に入ってくる柔らかいもので、ずっと聞いていたくなってしまう。気づけば花菜はその先輩に見いっていた。
後ろからそんな花菜の様子を見ていた紗和は軽く溜め息をついて、呆れたように首をふった。
紗和は、熱しやすく、はまってしまうと猪突猛進な花菜のとばっちりを被ることが多々あった。

(そんなんだから本当に大切なものが消えたことにも気づかずに笑ってられるんだよ)

心の中で毒づいた言葉を慌ててかき消す。
別に、紗和は花菜のことが嫌いなわけでも、迷惑だと思ってる訳でもない。ただ、少し思う事があるだけで――。

「……これで、祝辞を終わらせて頂きます。生徒会会長、神谷柚木」

そして、無事に入学式は終わりを告げた。

「会長さんかっこよかったねー!」
「……一目惚れ?」
「えー、違うよぉ」

否定しながらも、花菜の顔にしまりがなく、ゆるゆると口角が上がっている。

「高校生になったんだから、ちょっとは考えて行動してね」
「はぁーい」

注意を促すも、花菜の浮かれ顔は収まらなかった。
そして、もう一度担任の引率で教室に戻る。時計の針はそろそろ帰る予定の時間を指していた。

「早く帰りたいねー」
「来るでルンルンだったのに?」
「もう堪能した」

紗和と花菜がそれぞれ自分の席へ戻ったところで、会話は終了となった。

「早く帰りたいなら静かにしろー。えっと、このクラスは……入学式の癖にもう二人休みか」

担任は眉を下げて笑い、一人は風邪で一人は家の用事だと説明した。

「じゃ、今日は配るもん配って終わりにすんぞ」

その数分後、担任の宣言通り予定の時間に帰ることができた。