社宅アフェクション

「偽りの幸せ?頭悪いクセに、訳の分からない言葉使うな」
「茶化さないで。真面目な話なんだから」
「……悪い」


どう切り出せばいいだろう。考えがまとまらない。


「勝彦、覚えてる?まだ勝彦がここに引っ越してきたばかりの頃のこと」
「…たとえば?」
「勝彦、よくベランダにいてさ、遊ぼうって声をかけても無視で……」


最初はそんな感じだったなぁ。


「それである日、無理矢理家におしかけて、公園に連れ出したんだよね」


私の記憶も徐々に鮮明になっていく。


「でもこのベンチに座ったまま動こうとしなくて。私も大陸も蒼空も遊んでるのに、全然笑わない」


私はどうにかしたかった。でもどうすればいいか分からなくて……


「2人を帰して、それからずっと勝彦の隣に座ってたんだ、私。ただずっと」


何にもしないでただ座ってるだけ。子どもには苦痛かもしれないこの時間も、あの時の私は平気だった。


「日が落ちてきて、夕方になった。そしたら、今まで何もなかったのに、勝彦は突然……」
「………泣き出した」
「えっ」


隣から声が聞こえたことに驚いた。勝彦、思い出したの……?


「そうだ。俺は泣いたんだ。それでも何も言わない真綾に、俺は話したんだ。引っ越してくる前のこと。か……母さんのこと」


今は私のほうが泣き出しそうだ。“母さん” 勝彦の口からその言葉を聞いたのは何年ぶりだろう。


「母さんのことを全て話した俺に、真綾は言った」
「泣かないで。笑って。悲しいことは全部忘れちゃおう。それでいいの。大丈夫。真綾が……いるから……」


それで、涙でぐちゃぐちゃの勝彦を、お母さん気取りで抱きしめたんだ。