「ナオさ、簡単にかわいいとか言っちゃダメだよ」




え?

あー……なんだ、そのこと?
なんだよ、無駄にビビったっつーの。


はあ……。



魔法がとけたみたいに、やっと息が出来た気がした。




「や、俺なんかが出ちゃダメだろ。日向なら絶対イケるのに」



「……そうじゃなくって……」






そうじゃないって……



なに?

なんだよ、俺、変なこと言った?


不思議に思って日向の表情を見ようとしたけど、ちょうど逆光になってしまいそのシルエットしか確認できなかった。





少しだけ肌寒い秋風が俺と日向の間をすり抜ける。





『……期待しちゃうから』






風に乗って、小さな声が俺の耳に届いてハッとして顔を上げた。
でも、もう日向は俺に背を向けて歩いて行ってしまっていた。





「・・・・・・・・・」




なんだ?


“キタイ”?


期待?……って……。
…………。


ダメだ、わっかんねぇ!




モヤモヤする気持ちを振り払うように、クシャクシャと頭を掻いた。





「日向っ」





急いで日向の背中を追った。

振り返った日向はいつもの穏やかな顔で俺を見た。



あ、れ?



「がんばってね、応援してるから」



そう言って今、なにもなかったかのようににっこり笑う日向。



「・・・・応援されても困るっつーの」



俺はジロリと日向を睨んで言った。

その笑顔を見たとたん、聞きたかった言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。



「……つか俺、退学かかってんだけど」

「うん、そうなんだよね」

「は?……事の重大さわかってる?」



呆れて眉間にシワをよせた俺を見て、楽しそうにケラケラと笑う日向。



気まずかった空気は、もうどこにもない。
何事もなかったように、俺の隣を並んで歩く日向。

茜に染まるその横顔を、気づかれないように盗み見る。



「……」




また、心臓が軋んだ気がした。

それがなんなのかわからなくて、俺はそっと空を見上げた。


茜の空にいつの間にか姿を現した、大きな満月。



違うか。
本当はずっと見えてるはずなんだ。
……昼は明るすぎて気づかないだけ、か……。



なんだかその事が、無性に胸に響いた。