「ごめん。もう決まったことで納得もしてくれたのに、今更こんなこと聞かされても困るよな。」
「あたしは。」
何かを言わなくてはいけない。伝えなくてはいけない。ガラス越しに焼き付ける太陽に急かされる。服の袖を握りしめた。
「アイツと離れられてよかった。殴られて蹴飛ばされてあの家で過ごすよりも、施設の方がよっぽどいい。こうなったことに後悔してない。」
本心だった。ずっと逃げ出したかった。腐った日常から抜け出せる瞬間を指折り数えて待ち侘びていたのだ。それが叶ったのだ。
「それを聞いて安心した。」
車は軽やかに走る。ぐんぐん駆けてゆく町並みは、夏休みの始まりにとてもふさわしい。
* * * * *
児童相談所に寄って挨拶と私物の引き取りを済ませてから施設へと向かう。あたしの住んでいる地区に施設はなく、隣町の施設にお世話になることになった。
到着した施設は一見保育園と見紛うような可愛らしい建物だった。二階建ての淡い桃色の外装で、園庭には遊具が数個設置されている。
園長先生だという高齢の男性と軽く挨拶をし、宮野と名乗る四十歳くらいの女性に部屋を案内された。
「狭いけど、自由に使ってね。」
施設内であたしに与えられたスペースは、一時保護所と同様たった四畳程の小さな空間だった。備え付けの箪笥や机、申し訳程度の収納、部屋の隅に畳まれた布団、東向きの窓。今日からここがあたしの家になるのか。狭いが荷物の少ないあたしには充分だ。
「日当たりもいいし綺麗ないい部屋じゃないか。」
「うん。」
ここで暮らすのだ。ここで起きて食事をしてお風呂に入って眠る。新しい日々が始まる。実感のなかった変化が身に沁みてかたちになる。額に滲んでいた汗が一滴、頬へ伝った。

