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父と母とあたし。仕事人間であまり家にいない父と、週に二、三度パートに出ている主婦の母と、普通の小学生のあたし。どこにでもある普通の家庭だった。

特別裕福ではなくて、かと言って貧乏でもなくて。とても円満ではないけれど、すごく荒れてもいなくて。本当にありふれた家庭だった。

些細なひび割れに気付いたのは、開校記念日で家にいた日だ。

「結乃、今日学校は?」

いつもの時間に起きて来ないあたしを起こしに来たお母さんは言った。

「休み。開校記念日だから。」

「そう。」

その瞬間、お母さんの顔が曇った。まるであたしが休みであるのが都合悪いみたいな。

そのまましばらくベッドでごろごろしてからリビングに起きていくと、お母さんが誰かと電話をしていた。あたしには気付いていないようだった。

「だからね、娘が休みなの。……さあ?家にいるんじゃない?……そうなの、だから家はだめ。どこか外で会わない?」

いつも聞いている声と異なって、甘えたような声。表情こそ後ろ姿で見えないけれどあたしの知っているお母さんではなかった。聞いてはいけないような気がしたからそっと部屋に戻る。

そのまま部屋に籠ってゲームをしていたら、お母さんがドアを開けた。

「ちょっと出かけてくるから。パンもあるし冷凍のグラタンもあるからお昼は勝手に食べて。」

返事をする間もなくドアは閉められ、すぐに玄関の扉が開閉する音も聞こえた。

ドアの隙間から覗いた顔はパートの時より授業参観の時より化粧が濃かった。十歳ながらにぴんと感じるものがあったけれど、口にしたことはなかった。

徐々に冷凍食品やレトルトの食事が増えた。カレーやシチューといった簡単な料理がしばしば食卓に並ぶようになった。おそらくパート以外であろう外出が多くなり、あたしはひとり家に残される。その変化は決して好ましいものではなかったが、どこか冷めた頭で傍観している自分がいた。寂しくはなかった、少し、悲しいだけで。