元担任が他の生徒の服装を注意している間に、目を盗んで館内のトイレに逃げ込む。
鍵をかけ蓋をした便器にへたれて座ると、目の奥がつうんとした。胸が詰まって呼吸が苦しくなる。
涙が出た。
左袖を捲り上げると、血管に垂直な、ぷっくり膨れた赤い線が幾本も覗く。
そっとふれてみる。小さな軋みとともに、ふわっとした穏やかな甘さが込み上げる。あたしはこの傷が愛しい。これは痛みでも悲哀でもない。勲章だ。日記だ。軌跡だ。証明だ。
この直線が増えれば増える程、あたしはあたしじゃない誰かになれるような気がする。この現実から抜け出せそうな気がするんだ。
腕には平行線の他にまだらに痣がある。紫や青や緑色っぽくなっている痣たち。これらは右腕にも両脚にも腹や背中にも、あちこちにある。
この痣は、叫び。
誰かに話そうなんて思わないけれど、救ってほしいだなんて望まないけれど。身体の至るところが悲鳴を上げている。
途切れなくまとわりつく、鈍い闇。薄れては出来て、現れてはいなくなる。繰り返すけれど、なくなりはしない。
もういっそ、消えてしまおうか。
なにもかも嫌だ。全部全部要らない。捨てたいものばかり。
いいんだ、地球を去るのは怖くない。現実の方がよっぽど怖い。
肉体を持っているから、痛みや苦しみや悲しみや絶望を感じてしまうのだ。だったら、身体ごと手放してしまえばいい。
こんな身体に、サヨナラするんだ。
自由になる。
悲しみのない自由な空へ。そう歌ったのは、何の歌だったかな。その歌詞が今のあたしにぴったりだと思うのは、心が屈折しているせいだろうか。