春の匂いが鼻を掠める。
それは少しわくわくする、くすぐったいような始まりの予感に重なる。
「高校生、か。」
ほんのり桃色がかった封筒を眺めながら、ひとり呟いた。その封筒には「入学式のご案内」と記されている。四月より進学する高校から送られてきたものだ。
まともに高校生になれるなんて、一年前は想像もしていなかった。
高校に行くつもりなど端からなかったし、行く意義もわからなかった。バイトでもして、適当に一人で生きていこうと思っていた。
もし彼と出逢えていなかったら。
そう考えるとぞっとする。きっとロクな人生ではなかっただろうことが、容易に予想出来るからだ。
来週に迫る卒業式を終えたら、この町を離れる。駅なら四駅、車なら三十分かそこらの町に引っ越すだけだ。けれども、それは新しいあたしのハジマリ。
卒業、ソツギョウ。
まだ実感が湧かない。しかし着実に近付いていることは、確かだ。
だって春の匂い。開きかけの桜の蕾から薫る、ささやかな春の匂い。
あたしは桜ではないから、一度散ってしまったらそれきりだ。来年また咲こう、はない。
人生は一度きり。そんな当たり前のこと、それすら知らなくて。
終わらせなくてよかったとら自ら散ろうとしたあたしを引き止めてくれて本当に感謝していると、思えるようになったのはいつからだっただろう。
あまりに自然すぎたから、気付かなかった。ふと、まるでずっとそうであったように、生きたいと思っていた。
けれどもう知っている。
気付けないことがどんなに幸せなのかを。生きたいと願うあたしは、どれだけ恵まれているのかを。