昨夜眠れなかったせいで夕方から寝入ってしまった。瞼を開けるとカーテンを開けたままの窓の外はすっかり暗い。時計に目をやると、もうすぐ九時になるところ。
ドアの向こうから人の気配と物音がする。アイツが帰ってきている。
こうなってしまっては、部屋でひっそりと過ごすしかない。家事は済ませてあるから、後はアイツの機嫌の矛先がこちらに向かわないことを願うしかない。
まだ気付かれていないことを期待し、鍵が掛かっていることを確認してから部屋の電気を消して再びベッドに潜り込んだ。毛布を被り気配を消す。あたしが家にいることを覚られないように。喉の渇きを我慢してただ息を潜める。どうか、来ないで。
それから一時間くらい経っただろうか。
どすんどすんと部屋の前まで足音がした。見つかった。
「てめえ、いるんだろうが。無視してんじゃねえよ。働いてきてやってんのに、なんだよその態度はよお。」
ダン、ダン。ドアが蹴られた。
振動が伝わってくる度、ちゃっちい鍵の耐久力を祈るしかない。
「出てこいよ!」
怖い、怖い。毛布の上から耳を塞いで耐える。
ダン、ダン。その間もドアはあたしの代わりに痛められ続けている。
十分くらいして、物音と罵声が止んだ。暴言と暴力を吐き尽くしたアイツはどうやら戻って行ったらしい。
身体の内側から太鼓のバチで叩かれているような心臓が、次第に治まってゆく。締めつけられていた呼吸が、徐々に落ち着きを取り戻す。
どうしてこんな思いをしなければならないの。
世界にはたくさんの幸せな人がいるのに。大富豪とか飛び抜けた美貌とか、とてつもないことは希望していないのに。
怯えることなく暮らしたいだけなのに、多くの人がそうしているように。