あの日、始業式のあの日、彼に課した条件はーー
「条件、ってなんだ?」
不安を顔面に貼り付けて男は言う。あたしは、自分でもわかるくらい、にやりと意地悪く微笑んだ。
「付き合って。」
さっと顔色が変わった。腹から笑いが零れそうになるのを抑えて、驚いた男を冷静に睨んだ。
「それは……。」
「センセイだから、生徒とは付き合えない?でもさっき言ったよね?なんでもするって。」
「……。」
「嘘なんだ?」
困るのはわかっていた。困らせたかった。
春が立ち込める中、ここだけどんよりとした空気が漂う。
「僕がうんと言えば、浮田さんはそこを降りてくれるのかな?」
男はまるで幼稚園児でも諭すかのごとく、優しく穏やかな口調で述べた。むっとしたあたしは続ける。
「もちろんいいよ、降りてあげても。でもね、こっちもガキじゃないんだから、その場しのぎの適当な返事じゃごまかされないよ。」
あたしたちの感情には、空の色より遥かにバリエーションがある。それなのに大人は、こういう子どもは、今時の子どもは、という一言で括りつける。そして心を見てはくれない。
ごまかしはきかないよ。大人のずるさを、あたしは見逃さない。
「いいよ、わかった。浮田さんの望む通りにしよう。」
意外とあっさり、男は引き下がった。
風が揺れている。桜が吹いている。
試してあげるよ。
「よろしく、センセイ。」