正常な呼吸を取り戻して、うつ伏せに寝入るアイツに目をやる。尻ポケットから飛び出した黒革の財布。

チャンスだ。ぎりぎりまで、近寄る。触れないようにしゃがむ。慎重に、素早く。財布の端をつまみ、ポケットから引き抜く。よし、成功だ。

眠っていることを再確認し財布を開ける。小銭はだめだ、音が出るから。折り畳まれている財布を開いて紙幣をチェックする。

千円札がざっと四、五枚はある。これなら一枚くらい大丈夫だ。もっとも、例え三枚抜いたとしても、金銭管理の甘いアイツが気付く可能性は低いだろうが。

財布はポケットには戻さず、身体の傍に置いておく。戻す方がリスクが高い。

手に残ったしわくちゃの千円札。足早に自分の部屋に行き、即座に部屋の鍵を閉める。終わった。

それからすぐにクローゼットの奥から鍵付きの箱を取り出し、千円札を入れて念入りに箱を隠す。鍵は机の引き出しの下の方に。

終わった。ぐったりとベッドに倒れ込む。背中にじっとりと汗をかいている。

見つかったら、殺されるかもしれない。少なくとも痣の一つや二つでは済まない。それでも、毎月キッチンに無造作に置かれている三万円は食費と雑費に消えてしまって、生活でいっぱいいっぱいだから。いざというときに一文無しになってしまうから。

こうするしかない。