「よかった、家にいて。ちょっと出て来ない?」
「……。」
彼はあたしの反応を探るような、戸惑いを見せて言う。
さっきのチャイムもこいつだったのだ。誰も出なかったから、ベランダ側に回ってきたってことか。
学園ドラマの真似でもしているつもりなのか。こんなんでほいほいと出て行くと本気で思っているのかな。だとしたら、頭の中がお花畑だ。
どうせもう見られていたのだろうけれど、あたしはわざと手すりに腕をかけて煙草を吸った。
「授業は受けなくてもいいから、とりあえず学校に行こうよ。」
しかし、彼は煙草には一切触れない。見下ろす格好のまま、しきりに学校に行こうと繰り返す彼をじっと眺めていた。
どうしても学校に行きたくない訳ではない。行ったとしても教室には足を踏み入れる気はないけれど。サボっているのが知られれば、また痣が増えるだけだし。
ただ何もしたくない。今はそんな気分なだけ、それだけ。
「浮田さんと話がしたいんだ。」
「……。」
あたしはあんたと話すことなんてこれっぽっちもないけどね。言葉を煙に乗せてゆっくり吐き出す。身体から流れるくすんだ灰色の煙。こんな煙を取り込んでいるあたしの内側はもう元には戻らない。
「体調は大丈夫?」
「……。」
「ずっと家にいるの?」
「……。」
「退屈じゃない?」
短くなった煙草を消すために、手すりから離れて部屋との境目に戻る。スーツ姿が視界から消えた。
「ごめん、もう行かなきゃならないんだ。また明日来るから。」
見えないところからそれだけ聞こえて、すぐに走り去る足音が響いた。
来なくていいって。青春ドラマかぶれの、新米偽善者センセイさん。喋るのも億劫で、心の中で毒づく。
薄汚れた煙は、空に透かして見ると、より一層汚く見えた。

