「そんな深刻な顔するなよ。野球は出来なくなったけど、日常生活に支障はないし。大学時代はフットサルに嵌ってたしさ。もう過去のことだから。」


センセイも辛いことがあったんだ。当たり前だけれど、センセイにはセンセイの歩んできた人生があって、楽しいことや嬉しいことも、悲しいことや悔しいこともあった。初めから今の場所にいたんじゃない。

あたしに心配させまいと微笑む顔は、もう過去のことだ、と言ったことに嘘などないように見える。


「……思い出したり、しないの。野球やってた頃のこと。」


もう一度窓の外に視線を戻した。五十メートルの計測は未だ続いている。


「やっぱり野球を見ると思い出すけど、ああ、あの頃は毎日野球漬けで楽しかったなって。でも、もし怪我をしなくて野球を続けられたとして、そっちの方が今より幸せだったかどうかなんてわからない。比べられないことはどうしようもないからな。」


センセイがあたしの年齢だった頃を想像してみる。センセイのことだから、きっと真面目に練習に取り組んでいたのだろう。坊主だったのかも。そして毎日泥だらけだったのかもしれない。


「野球が続けられなくなるって知った時、世界の終わりだと思ったよ、本気で。今思うと、そのくらいでって、大袈裟に思えるけど、あの時は本当にそう感じたんだ。自分には野球しかないから、それがなくなったら終わりだって。」