「どうした、七瀬?入らないのか?」
驚きを隠せない私をよそに、
等の本人は、なに食わぬ顔でお好み焼きと書いてある紺の、のれんをくぐろうとしている。
「部長…大変、言いにくいのですが…」
「なんだ?」
「私、ここ来たことあります…」
私は蚊の鳴くような、小さな声で
部長に言った。
も、申し訳ない…!
部長がおすすめだと言って連れてきてくれたのに…
いや、だってまさか“鬼の塚本”が
お好み焼き屋なんて行くと思わないじゃん!
私の勝手なイメージだけど!!
「あぁ、七瀬来たことあったのか。
上手いよなここ。」
「え?あ、はい」
あれ?怒らないの?
普通、自分が連れてきたお店を
年下に来たことある、なんて言われたら
誰だって少しは眉間を動かすんじゃない?
たとえ、怒らなくたって
多少は嫌そうな顔をするはず。
ましてや、あの“鬼の塚本”なら。
「じゃあ、入るか。」
「あ、は…はい」
塚本部長はひとつも表情を変えることなく、そう言ってのれんの向こう側へ。
スライド式のドアを開けると
見慣れた店内。
ここ、けっこう久しぶりかも。
前に来たのはいつだっけ?
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」
「2人だ」
「二名様ですね、ではこちらへどうぞ。
二名様ごあんなーい!!」
数か月ぶりの店内を懐かしむように
キョロキョロしていると、ふと部長に
手を引かれた。
「なに、キョロキョロしている。
お前は小鳥か。
早く来い」


