メガネくんに、自分の一部を一本奪われるという屈辱に加え、結局、谷口さんに送って貰う破目になるという、ダブルの悲劇。
谷口さんの愛車に二人っきりってだけでも居心地が悪いのに、車内は重い沈黙に包まれていた。谷口さん、俺に訊きたいことがあったんじゃねぇのかよ?
「仕事中でしょ? こんなとこで油売ってていいの?」
気遣うふりをして、陰鬱な静寂を破った。この世に、しゃべらない谷口さんほど薄気味悪いものはないからね。
「一応、追ってる件が一つあるんだけどな、今のところ動きがねぇから」
「追ってる件って?」
「んなこと、お前に関係ねぇだろ? てめぇの心配でもしてろ」
「気になるし。そこまで言ったんなら、教えてくれたっていいだろ?」
もう半年以上、物騒ごととは無縁で過ごしている。どうしても知りたい。蜜の匂いがする。いや、蜜の匂いしかしない。



