「すみません。しかし夫人が大臣の紹介だって言い張って、頑として引かないもんですから、邪険に扱うわけにもいかず……」
「どこまで間抜けなんだよ。大臣の紹介で、大臣の妻が愛人を連れてここに来るわけねぇだろ!」
「『お互い束縛しない関係なの』って言ってたもので」
岩淵は、はっと嘲笑を漏らし、机から脚を降ろして立ち上がった。机に立てかけてあった金属バットを掴み取ると、まるでバッターのように一歩踏み出してスイングし、バットの芯が部下のみぞおちにクリーンヒットした。
部下は低い呻き声を漏らして床に倒れた。岩淵は部下の胸を右足で踏みつけ、バットの先っぽをその頬にグリグリ押し付けながら、
「さっさと追い払って来いよ。何も気づかせるな。男だけじゃなく女の方も用心しろよ。あの女だけどな、この前殺し損ねて、ただでさえ大臣はご立腹なんだよ。これ以上うちの評判落としやがったらてめぇ、ただじゃおかねぇぞ」
極秘情報をべらべらとしゃべった。こいつも負けず劣らずアホだな。俺たちは非常にありがたいけど。
どうやら兄貴たちのことを言っているらしい。
今の話を聞いて、一カ月前のある事件を思い出した。外務大臣の妻が強盗に襲われた事件だ。偶然居合わせた警察関係者によって、強盗は敢えなく逮捕されたが、あれは物取りなんかじゃなく妻の命を狙った犯行だったのか。しかも夫の外務大臣の依頼で。
「あのおばさん、思い出した」
那智が言うので、「俺も」と返した。
『その……詳しくは言えないけど……大物政治家の妻から極秘情報を得て……』
『政府の依頼で護衛を任されたことがあって、その彼女から相談を受けて』
兄貴の言葉を思い出す。兄貴が護衛を任されたのっていつの話だ? 最近はそんな仕事してねぇよな。一カ月前にゴージャスレディが襲われた時、偶然居合わせた警察関係者ってまさか……兄貴?
急に浮上した兄貴の浮気疑惑。
「皆人くん、深く考えない方がいい。龍一くんにも色んな事情がある」
言いながら那智が俺を引っ張り、廊下の壁の出っ張り部分に隠れた。ほどなくして、部下が殴られた腹部をかばいながら部屋から出て行った。多分、ホールに戻ったんだろう。
「深く考えるなって、無理だろ」
俺が声をひそめて言い返せば、しっ、と立てた人差し指を自分の唇にくっつけて俺を見る。
ちっと舌打ちして、もう一度窓の外まで廊下を移動して中を覗き見た。
「ったく、どいつもこいつも使えねぇな」
言って岩淵は机の側面を思い切り蹴った。スチール製のそれは予想以上に大きな音を響かせた。そして再びどかりと椅子に腰を下ろし、両足を机の上に投げ出した。
そっと元通りに窓を閉め、俺たちは廊下を奥へと進む。中の構造は単純だった。廊下が部屋に沿って屈曲はしているものの、枝分かれはしていない。なので、ただ進めばいいわけだ。
「どこまで間抜けなんだよ。大臣の紹介で、大臣の妻が愛人を連れてここに来るわけねぇだろ!」
「『お互い束縛しない関係なの』って言ってたもので」
岩淵は、はっと嘲笑を漏らし、机から脚を降ろして立ち上がった。机に立てかけてあった金属バットを掴み取ると、まるでバッターのように一歩踏み出してスイングし、バットの芯が部下のみぞおちにクリーンヒットした。
部下は低い呻き声を漏らして床に倒れた。岩淵は部下の胸を右足で踏みつけ、バットの先っぽをその頬にグリグリ押し付けながら、
「さっさと追い払って来いよ。何も気づかせるな。男だけじゃなく女の方も用心しろよ。あの女だけどな、この前殺し損ねて、ただでさえ大臣はご立腹なんだよ。これ以上うちの評判落としやがったらてめぇ、ただじゃおかねぇぞ」
極秘情報をべらべらとしゃべった。こいつも負けず劣らずアホだな。俺たちは非常にありがたいけど。
どうやら兄貴たちのことを言っているらしい。
今の話を聞いて、一カ月前のある事件を思い出した。外務大臣の妻が強盗に襲われた事件だ。偶然居合わせた警察関係者によって、強盗は敢えなく逮捕されたが、あれは物取りなんかじゃなく妻の命を狙った犯行だったのか。しかも夫の外務大臣の依頼で。
「あのおばさん、思い出した」
那智が言うので、「俺も」と返した。
『その……詳しくは言えないけど……大物政治家の妻から極秘情報を得て……』
『政府の依頼で護衛を任されたことがあって、その彼女から相談を受けて』
兄貴の言葉を思い出す。兄貴が護衛を任されたのっていつの話だ? 最近はそんな仕事してねぇよな。一カ月前にゴージャスレディが襲われた時、偶然居合わせた警察関係者ってまさか……兄貴?
急に浮上した兄貴の浮気疑惑。
「皆人くん、深く考えない方がいい。龍一くんにも色んな事情がある」
言いながら那智が俺を引っ張り、廊下の壁の出っ張り部分に隠れた。ほどなくして、部下が殴られた腹部をかばいながら部屋から出て行った。多分、ホールに戻ったんだろう。
「深く考えるなって、無理だろ」
俺が声をひそめて言い返せば、しっ、と立てた人差し指を自分の唇にくっつけて俺を見る。
ちっと舌打ちして、もう一度窓の外まで廊下を移動して中を覗き見た。
「ったく、どいつもこいつも使えねぇな」
言って岩淵は机の側面を思い切り蹴った。スチール製のそれは予想以上に大きな音を響かせた。そして再びどかりと椅子に腰を下ろし、両足を机の上に投げ出した。
そっと元通りに窓を閉め、俺たちは廊下を奥へと進む。中の構造は単純だった。廊下が部屋に沿って屈曲はしているものの、枝分かれはしていない。なので、ただ進めばいいわけだ。



