ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】

飛行機の中でさっきの話を蒸し返した。

「初音とは何もなかったって、本当か?」

隣の那智は、シートを遠慮がちに倒し、アイマスクをしている。寝る気満々だ。

「おい、寝たふりすんなよ」

周りを気にして声はひそめつつも、しつこく話しかけた。

ちっと小さく舌打ちし、那智はアイマスクを外し俺を見た。

「何もなかったって言ってんだろ。そんなに俺のこと信用できねーの?」

「じゃあ、なんで朝帰り?」

「居てくれって頼まれたんだよ」

「なんで? どうして那智くんに居てほしいわけ? それってどういう感情?」

那智は心底うんざりという顔をして大きくため息をついた。

「わかった、全部話すわ。半分くらい皆人くんの想像どおりだよ。初音が誘ってきたから、俺もちょっとその気になったけど、結局できなかった。俺が無理だった」

「どうして?」

「好きじゃないから」

「は? 那智くん確か『ヤりたい時にヤらしてくれる女、どっかにいねぇかな』って言ってなかった?」

「そう思ってたんだけど、好きじゃないと無理だったわ。俺ってピュアだから」

「なーにがピュアだよ。誘った初音が赤っ恥じゃねーか、可哀そうに」

「『元カノが忘れられない』って言ったら、そっかごめん、て。こっちこそごめんて謝り返したら、じゃあ一晩だけ一緒に居てって言われたんだよ」

それで朝帰りか。にわかには信じがたいけど、あながち嘘でもなさそうだ。

「元カノとより戻せばよくね? そんなに好きなら」

「時間が思い通りになる仕事じゃないから。俺の都合で振り回してばっかだったし」

「それは上司の言いなりなお前が悪い。兄貴見てみろよ、育休までとってんだぞ」

「でも結局駆り出されてんじゃん」

「あれは兄貴自身が我慢できなくなって、勝手にしゃしゃり出てきただけだって」

「ふうん」

こんだけ言っても那智は浮かない顔だ。

「なんだよ、他にもまだ問題があんのかよ?」

「この前、仕事でいろは(元カノ)んちの近くの総合病院に行ったんだけど、そこで偶然いろはに会った。トイレ行こうとしたら女子トイレの前に立ってて、持ってたカバンにキーホルダーが……ほら、おなかに赤ちゃんがいます、とか書いてあるやつ」

「ああ」

マタニティーホルダー、乃亜も付けてたわ。

「とてもじゃないけど受け入れられなくて、直接いろはに訊いたら、『結婚したの、授かり婚』って言ってた」

「それは……気の毒に」

絶望的だ。かける言葉もなかった。

その時の情景を思い起こしているらしく、那智の頬を涙がポロンと伝った。那智は慌てて両手で拭うと、再びアイマスクをして背もたれに上体をゆだねた。そして、

「初恋だったんだ」

弱々しく呟き、鼻をすすった。

那智は本当にピュアなのかもしれない。