飛行機の中でさっきの話を蒸し返した。
「初音とは何もなかったって、本当か?」
隣の那智は、シートを遠慮がちに倒し、アイマスクをしている。寝る気満々だ。
「おい、寝たふりすんなよ」
周りを気にして声はひそめつつも、しつこく話しかけた。
ちっと小さく舌打ちし、那智はアイマスクを外し俺を見た。
「何もなかったって言ってんだろ。そんなに俺のこと信用できねーの?」
「じゃあ、なんで朝帰り?」
「居てくれって頼まれたんだよ」
「なんで? どうして那智くんに居てほしいわけ? それってどういう感情?」
那智は心底うんざりという顔をして大きくため息をついた。
「わかった、全部話すわ。半分くらい皆人くんの想像どおりだよ。初音が誘ってきたから、俺もちょっとその気になったけど、結局できなかった。俺が無理だった」
「どうして?」
「好きじゃないから」
「は? 那智くん確か『ヤりたい時にヤらしてくれる女、どっかにいねぇかな』って言ってなかった?」
「そう思ってたんだけど、好きじゃないと無理だったわ。俺ってピュアだから」
「なーにがピュアだよ。誘った初音が赤っ恥じゃねーか、可哀そうに」
「『元カノが忘れられない』って言ったら、そっかごめん、て。こっちこそごめんて謝り返したら、じゃあ一晩だけ一緒に居てって言われたんだよ」
それで朝帰りか。にわかには信じがたいけど、あながち嘘でもなさそうだ。
「元カノとより戻せばよくね? そんなに好きなら」
「時間が思い通りになる仕事じゃないから。俺の都合で振り回してばっかだったし」
「それは上司の言いなりなお前が悪い。兄貴見てみろよ、育休までとってんだぞ」
「でも結局駆り出されてんじゃん」
「あれは兄貴自身が我慢できなくなって、勝手にしゃしゃり出てきただけだって」
「ふうん」
こんだけ言っても那智は浮かない顔だ。
「なんだよ、他にもまだ問題があんのかよ?」
「この前、仕事でいろは(元カノ)んちの近くの総合病院に行ったんだけど、そこで偶然いろはに会った。トイレ行こうとしたら女子トイレの前に立ってて、持ってたカバンにキーホルダーが……ほら、おなかに赤ちゃんがいます、とか書いてあるやつ」
「ああ」
マタニティーホルダー、乃亜も付けてたわ。
「とてもじゃないけど受け入れられなくて、直接いろはに訊いたら、『結婚したの、授かり婚』って言ってた」
「それは……気の毒に」
絶望的だ。かける言葉もなかった。
その時の情景を思い起こしているらしく、那智の頬を涙がポロンと伝った。那智は慌てて両手で拭うと、再びアイマスクをして背もたれに上体をゆだねた。そして、
「初恋だったんだ」
弱々しく呟き、鼻をすすった。
那智は本当にピュアなのかもしれない。
「初音とは何もなかったって、本当か?」
隣の那智は、シートを遠慮がちに倒し、アイマスクをしている。寝る気満々だ。
「おい、寝たふりすんなよ」
周りを気にして声はひそめつつも、しつこく話しかけた。
ちっと小さく舌打ちし、那智はアイマスクを外し俺を見た。
「何もなかったって言ってんだろ。そんなに俺のこと信用できねーの?」
「じゃあ、なんで朝帰り?」
「居てくれって頼まれたんだよ」
「なんで? どうして那智くんに居てほしいわけ? それってどういう感情?」
那智は心底うんざりという顔をして大きくため息をついた。
「わかった、全部話すわ。半分くらい皆人くんの想像どおりだよ。初音が誘ってきたから、俺もちょっとその気になったけど、結局できなかった。俺が無理だった」
「どうして?」
「好きじゃないから」
「は? 那智くん確か『ヤりたい時にヤらしてくれる女、どっかにいねぇかな』って言ってなかった?」
「そう思ってたんだけど、好きじゃないと無理だったわ。俺ってピュアだから」
「なーにがピュアだよ。誘った初音が赤っ恥じゃねーか、可哀そうに」
「『元カノが忘れられない』って言ったら、そっかごめん、て。こっちこそごめんて謝り返したら、じゃあ一晩だけ一緒に居てって言われたんだよ」
それで朝帰りか。にわかには信じがたいけど、あながち嘘でもなさそうだ。
「元カノとより戻せばよくね? そんなに好きなら」
「時間が思い通りになる仕事じゃないから。俺の都合で振り回してばっかだったし」
「それは上司の言いなりなお前が悪い。兄貴見てみろよ、育休までとってんだぞ」
「でも結局駆り出されてんじゃん」
「あれは兄貴自身が我慢できなくなって、勝手にしゃしゃり出てきただけだって」
「ふうん」
こんだけ言っても那智は浮かない顔だ。
「なんだよ、他にもまだ問題があんのかよ?」
「この前、仕事でいろは(元カノ)んちの近くの総合病院に行ったんだけど、そこで偶然いろはに会った。トイレ行こうとしたら女子トイレの前に立ってて、持ってたカバンにキーホルダーが……ほら、おなかに赤ちゃんがいます、とか書いてあるやつ」
「ああ」
マタニティーホルダー、乃亜も付けてたわ。
「とてもじゃないけど受け入れられなくて、直接いろはに訊いたら、『結婚したの、授かり婚』って言ってた」
「それは……気の毒に」
絶望的だ。かける言葉もなかった。
その時の情景を思い起こしているらしく、那智の頬を涙がポロンと伝った。那智は慌てて両手で拭うと、再びアイマスクをして背もたれに上体をゆだねた。そして、
「初恋だったんだ」
弱々しく呟き、鼻をすすった。
那智は本当にピュアなのかもしれない。



