「あなたも、東郷悦子の件を追ってるんですか?」
オジサンが那智に向かって尋ねた。オジサンの方はメガネくんと違って、低姿勢な印象だ。
「いえ、それとはまた別件で動いています。これ以上は言えないので、すみません」
一瞬たりとも考えることなく、まるで真実を話しているかのように平然と嘘を付く那智くん。
「もしかして……」
オジサンは何かを言いかけるが、思い直して口をつぐむ。那智は、
「何ですか?」
と聞き出そうとするが、「いや、いい」とオジサンは目を逸らして顔の前で右手をヒラヒラさせた。
「気になるなー、なんなんですか?」
メガネくんかと思いきや、倉橋だった。もしかして、と倉橋は続ける。
「『有坂兄が動き出したことと関係ある?』とか?」
倉橋、何故それを?
オジサンが倉橋を見る。思考を読み取ろうとオジサンを凝視したが、全ての感情を消し去ったかのような完璧な無表情だった。
オジサンよりほんの少し遅れて、その場にいる全員の視線が那智に集中した。
「なんの話してるかわかんないなあ。有坂兄って、龍一くんのこと? 龍一くんがどうかした?」
那智は少しも動じることなく笑って言った。とても演技には見えない。さすが潜入捜査官。
「皆人、とりあえず飯行くぞ、飯」
谷口さんが慌てて言う。なんとかこの場から逃れようとしているのがみえみえだ。
「谷口さん、僕はどうしたら……?」
倉橋が不安そうに訊く。
「今日はもうあがっていいぞ、お疲れさん! また明日な」
谷口さんは倉橋に向かって言いながら、俺の腕に自分の腕をガッチリ絡めて歩き出す。そして、
「那智、お前も来い」
有無を言わさぬ強い口調で言う。
「はい。あ、でも俺、自分の車が」
「なら後ろついて来い」
「はい」
まるで軍人みたいな返事をし、素早く車の運転席側に回って愛車に乗り込む那智。
谷口さんに連れられてやってきたのは、どこにでもあるチェーン展開のファミレス。移動中、ハンドルを握る谷口さんは、いつにも増して気難しいゴリラ顔で、一言もしゃべらなかった。
テーブル席に、谷口さんと向かい合って、俺と那智は並んでお行儀よく座った。谷口さんは生姜焼き定食、俺はネギトロ丼セット、那智はサイコロステーキとハンバーグ盛り合わせのディナーセットを注文。谷口さんのおごりだろうに、那智くんは容赦ない。
「それで?」
メニューが出そろったところで谷口さんが口を開いた。那智がスマホを取り出して、
「これを聞いてください」
と、スマホを操作した後、谷口さんに手渡した。谷口さんは耳元にスマホを近づけ、しばらく黙ったまま、そこから流れる音声に全神経を集中させているようだった。ファミレスらしくかなり周囲が騒がしかったが、その喧噪が俺たちとっては逆に好都合だ。
「これ、盗聴だろ?」
谷口さんは咎めるでもなく、単に確認するような穏やかな口調で那智に訊いた。
「はい。違法なので証拠としては使えないですけど、令状はとれるんじゃないですか?」
「まあそうだな。匿名の情報提供があったとか旨いこと言えばなんとかなるかもな。病院とこいつらの家にガサはいりゃ、証拠がゴッソリ出てくるだろ」
「これで谷口さんの追ってる件は一件落着だな」
俺が口を挟むと、相変わらずお前の頭ん中はお花畑だな、と失礼なことを言う。
「それよか、お前らの方はどうなってんだよ?」
「そのことなんだけど、谷口さんが今組んでる倉橋ってやつは信用しない方がいい。というか、あいつが悦子殺しの犯人じゃないかと思う」
俺が言うと、お前はどう思う? と谷口さんは那智を見る。
「断言はできないけど、倉橋さんと捜査一課のあの二人が、今のところ有力な容疑者だと考えています」
那智は谷口さんに、そう考える根拠も簡潔に伝えた。
「倉橋、栗林、牧か」
谷口さんは捜査一課の二人の名前もスラスラと口にした。どっちがどっちか訊くと、『栗林』の方がメガネくんだと教えてくれた。
谷口さんが俺たちの今後の動向についてやたらと気にするので、
「俺たち、明日福岡行くけど、谷口さん、倉橋にも栗林たちにも絶対言うなよ」
と念を押せば、
「それは言えってことか? ジャパニーズの『言うな』は『言え』ってことだろ?」
とふざけて笑う。オッサンゴリラってば、くそしょうもないこと言うなあ。俺と同じく呆れて言葉もないんだろうと、やけに静かにしている那智を見ると、深刻な面持ちでハンバーグを頬張っていた。
那智は俺の視線に気づくと、
「真相を知るのが怖い」
と弱音みたいなことを吐く。
「嫌な予感しかしねぇよな」
と同調した谷口さんは、いつの間にか綺麗に食べ終わっていた。そして、煙草を一本くわえながら立ち上がり歩き出した。店舗外の喫煙所へ向かったんだろう。
俺は那智が食べ終わるのを待って一緒に店を出た。一応、会計伝票が残っていないか探したけど見当たらなかった。谷口さんが、煙草行くついでに会計を済ませてくれていた。いつものことながらありがたい。
「ごちそうさまでした」
那智と二人して谷口さんに礼を言うと、おう、と灰皿に煙草をこすりつけて火をけしながら谷口さんがそっけなく応えた。
谷口さんとはファミレスで別れた。「とにかく、危ないまねだけはすんなよ」と何度も念を押された。那智の方がよっぽど危ないまねしそうなのに、谷口さんは俺だけに言う。
「なんで俺だけ?」
ともの申せば、那智は全て計算ずくで動いてるから心配ない、と言い返された。
那智に自宅へ送ってもらい、二日ぶりに帰宅。やっと風呂に入れる。風呂場に直行して自動湯はりスイッチを押した。
那智は初音に食べる物を届けてから帰ると言っていた。本当に食事届けるだけで終わるんだろうか。別にどうでもいいけど。
オジサンが那智に向かって尋ねた。オジサンの方はメガネくんと違って、低姿勢な印象だ。
「いえ、それとはまた別件で動いています。これ以上は言えないので、すみません」
一瞬たりとも考えることなく、まるで真実を話しているかのように平然と嘘を付く那智くん。
「もしかして……」
オジサンは何かを言いかけるが、思い直して口をつぐむ。那智は、
「何ですか?」
と聞き出そうとするが、「いや、いい」とオジサンは目を逸らして顔の前で右手をヒラヒラさせた。
「気になるなー、なんなんですか?」
メガネくんかと思いきや、倉橋だった。もしかして、と倉橋は続ける。
「『有坂兄が動き出したことと関係ある?』とか?」
倉橋、何故それを?
オジサンが倉橋を見る。思考を読み取ろうとオジサンを凝視したが、全ての感情を消し去ったかのような完璧な無表情だった。
オジサンよりほんの少し遅れて、その場にいる全員の視線が那智に集中した。
「なんの話してるかわかんないなあ。有坂兄って、龍一くんのこと? 龍一くんがどうかした?」
那智は少しも動じることなく笑って言った。とても演技には見えない。さすが潜入捜査官。
「皆人、とりあえず飯行くぞ、飯」
谷口さんが慌てて言う。なんとかこの場から逃れようとしているのがみえみえだ。
「谷口さん、僕はどうしたら……?」
倉橋が不安そうに訊く。
「今日はもうあがっていいぞ、お疲れさん! また明日な」
谷口さんは倉橋に向かって言いながら、俺の腕に自分の腕をガッチリ絡めて歩き出す。そして、
「那智、お前も来い」
有無を言わさぬ強い口調で言う。
「はい。あ、でも俺、自分の車が」
「なら後ろついて来い」
「はい」
まるで軍人みたいな返事をし、素早く車の運転席側に回って愛車に乗り込む那智。
谷口さんに連れられてやってきたのは、どこにでもあるチェーン展開のファミレス。移動中、ハンドルを握る谷口さんは、いつにも増して気難しいゴリラ顔で、一言もしゃべらなかった。
テーブル席に、谷口さんと向かい合って、俺と那智は並んでお行儀よく座った。谷口さんは生姜焼き定食、俺はネギトロ丼セット、那智はサイコロステーキとハンバーグ盛り合わせのディナーセットを注文。谷口さんのおごりだろうに、那智くんは容赦ない。
「それで?」
メニューが出そろったところで谷口さんが口を開いた。那智がスマホを取り出して、
「これを聞いてください」
と、スマホを操作した後、谷口さんに手渡した。谷口さんは耳元にスマホを近づけ、しばらく黙ったまま、そこから流れる音声に全神経を集中させているようだった。ファミレスらしくかなり周囲が騒がしかったが、その喧噪が俺たちとっては逆に好都合だ。
「これ、盗聴だろ?」
谷口さんは咎めるでもなく、単に確認するような穏やかな口調で那智に訊いた。
「はい。違法なので証拠としては使えないですけど、令状はとれるんじゃないですか?」
「まあそうだな。匿名の情報提供があったとか旨いこと言えばなんとかなるかもな。病院とこいつらの家にガサはいりゃ、証拠がゴッソリ出てくるだろ」
「これで谷口さんの追ってる件は一件落着だな」
俺が口を挟むと、相変わらずお前の頭ん中はお花畑だな、と失礼なことを言う。
「それよか、お前らの方はどうなってんだよ?」
「そのことなんだけど、谷口さんが今組んでる倉橋ってやつは信用しない方がいい。というか、あいつが悦子殺しの犯人じゃないかと思う」
俺が言うと、お前はどう思う? と谷口さんは那智を見る。
「断言はできないけど、倉橋さんと捜査一課のあの二人が、今のところ有力な容疑者だと考えています」
那智は谷口さんに、そう考える根拠も簡潔に伝えた。
「倉橋、栗林、牧か」
谷口さんは捜査一課の二人の名前もスラスラと口にした。どっちがどっちか訊くと、『栗林』の方がメガネくんだと教えてくれた。
谷口さんが俺たちの今後の動向についてやたらと気にするので、
「俺たち、明日福岡行くけど、谷口さん、倉橋にも栗林たちにも絶対言うなよ」
と念を押せば、
「それは言えってことか? ジャパニーズの『言うな』は『言え』ってことだろ?」
とふざけて笑う。オッサンゴリラってば、くそしょうもないこと言うなあ。俺と同じく呆れて言葉もないんだろうと、やけに静かにしている那智を見ると、深刻な面持ちでハンバーグを頬張っていた。
那智は俺の視線に気づくと、
「真相を知るのが怖い」
と弱音みたいなことを吐く。
「嫌な予感しかしねぇよな」
と同調した谷口さんは、いつの間にか綺麗に食べ終わっていた。そして、煙草を一本くわえながら立ち上がり歩き出した。店舗外の喫煙所へ向かったんだろう。
俺は那智が食べ終わるのを待って一緒に店を出た。一応、会計伝票が残っていないか探したけど見当たらなかった。谷口さんが、煙草行くついでに会計を済ませてくれていた。いつものことながらありがたい。
「ごちそうさまでした」
那智と二人して谷口さんに礼を言うと、おう、と灰皿に煙草をこすりつけて火をけしながら谷口さんがそっけなく応えた。
谷口さんとはファミレスで別れた。「とにかく、危ないまねだけはすんなよ」と何度も念を押された。那智の方がよっぽど危ないまねしそうなのに、谷口さんは俺だけに言う。
「なんで俺だけ?」
ともの申せば、那智は全て計算ずくで動いてるから心配ない、と言い返された。
那智に自宅へ送ってもらい、二日ぶりに帰宅。やっと風呂に入れる。風呂場に直行して自動湯はりスイッチを押した。
那智は初音に食べる物を届けてから帰ると言っていた。本当に食事届けるだけで終わるんだろうか。別にどうでもいいけど。



