とりあえず大高美津子は開放した。事件関係者であることには違いないので、むやみに動き回るのは危険であることをこんこんと説明したうえで帰宅させた。
大高美津子のせいでマンションから締め出されてしまった俺たちが、初音をもう一度インターホンで呼び出すと、「あなたたち、一体なにやってるの?」と呆れた声が聞こえ、再び扉が開けられた。
すっかり日も落ちて辺りは薄暗い。俺の腹が切実に空腹を訴えている。
扉を開けた初音を、那智は押しのける勢いで部屋の中へ上がり込み、開口一番「単刀直入に言って、あなたは今、非常に危険な状況だ」と言った。
「いきなりなにを……」
初音は呆気にとられている様子だ。彼女自身にも心当たりがあるだろうし、根拠もあるしで『いきなり』でもないんだが、と思うも大人しく黙っていることにした。なんとなく初音担当は那智のような気がして。
「悦子さんの遺体を辻岡昴と共謀して移動させましたよね? 捜査の撹乱目的で」
「なんのことだかさっぱりわかりません」
初音は平然と言った。
「だよね、そりゃとぼけるよね。まあいいや。あんたがやってないって言うならそれでいいから、とにかく今は黙って聞いてくれる? 悦子が殺された原因は、末期患者の安楽死とか、麻薬売買とか、どうやらそんなわかりやすい理由じゃないらしい」
「だったらどんな理由で殺されたっていうの?」
「あれ、知らない? それを知らずに遺体を移動させた? 遺体だけにイタいやつだな、あんた」
那智くん、そのダジャレつまらん。つまらん過ぎて兄貴を彷彿とさせるし。だけど初音は華麗にスルーを決めこみ、苛立たしげに言った。
「なんなの? もったいぶって。その理由ってのをさっさと教えなさいよ」
「あんた、本当に知らない? 辻岡は知ってるっぽいけど」
「え?」
この反応、初音は本当に何も知らないようだ。だから命を狙われないのか? 犯人は初音が何も知らないと確信している? どうして?
「まさか……だってあの人、何も言ってなかったから……」
やっぱり、辻岡と初音はグルだった。
「あんたと辻岡は捜査を撹乱させて、犯人に復讐しようと企んだ。そんなの俺たちにとってはどうでもいいし興味もない」
「それ、刑事が言うこと?」
「辻岡が復讐する前に、俺たちが犯人を逮捕するから、そんなもんは心底どうでもいいんだよ。それより、悦子が殺されたのは、おそらく相当ヤバい秘密を悦子が握ったからだ。そして、それを知ってる辻岡も危ない。だから辻岡は、あんたに何も話さなかったんだ。そして、あんたが何も知らなくて、それで命を狙われないんだとしたら……」
うん、俺もそれ思った。那智はそれまで早口だったのに急にテンポを落とし、ゆっくり噛みしめるように言った。
「犯人は、あんたとどこかで接触して、あんたが何も知らないと確信した人物。そして、無駄な殺しはしたくない人物」
だよな。とすると、かなり絞られるんじゃないの? 呆気にとられている初音に、那智が畳みかけるように問う。
「事件後に会った人は?」
初音は急に我に返ったようにハッとして、
「あなたたちと……他にも刑事さんが何人か来たわ」
記憶を辿りながら自信なさそうに答えた。
「何人かじゃダメだ。ちゃんと思い出して」
「捜査一課の刑事って言ってた。眼鏡かけた若い男の人と、ちょっとくたびれた感じの中年の男の人」
あいつらだ。俺を犯人扱いしたやつらだ。今思い出してもムカつくよ。特にメガネくん。
「あとは……組織犯罪なんとかって……」
「谷口?」
思わず口を挟んだ。初音は那智の担当なのに。
「いいえ……倉橋さんって言ってました。学生みたいに若く見える方でした。とても暴力団とかを相手にしている刑事には見えなかったからはっきり覚えてます」
「彼は一人で? それとも、もう一人、ゴリマッチョな刑事と一緒だった?」
すかさず那智が尋ねる。ゴリマッチョって……那智くん。
「いいえ、一人でした」
「彼……倉橋は一人で来て、何を話していったんですか?」
「自分が担当している事件に、姉の死が関係してるかもしれないから、知ってることや気になること、どんな些細なことでもいいから話して欲しいって言われた」
「それで、なんて答えたんですか?」
「同じことを伝えました」
「同じこと?」
「はい。辻岡昴が犯人だろうって」
「ああ……」
那智がため息のような相槌をうつ。
倉橋のやつ、めちゃくちゃ怪しいじゃねーか。突然どっかから組対課に異動してくるし、谷口さんのバディのはずなのにコソコソ単独行動しているし。
「それでその後は?」
那智が続きを促した。
「その後は……特に大した話はしてないと思う。こう見えて自分はアラサーなんです、とか、童顔で得することもあるけど損することの方が多い、とか言ってました」
本当にどうでもいい話でびっくりだ。にしても、倉橋アラサーなんだ。もしかしたら俺より年上か? 若く見られて損することってなんだよ?
「なんていうか、すごく物腰が柔らかくて、姉が死んで落ち込んでる私のことを気づかってくれたり、気の利いた言葉をかけてくれたりして。他愛のない話をしているうちに、あっという間に時間が過ぎていたって感じでした」
コミュニケーション能力が高いのはサイコパスの特徴だ。
「ちなみに、捜査一課の刑事にも同じように伝えた?」
初音担当の那智が訊く。
「ええ、辻岡が犯人だろうって言いました」
犯人はこの三人のうちの誰かである可能性が高い。特に倉橋が超絶疑わしい。
「今後、俺たち以外とは接触しないで欲しい。外出も極力避けて、カーテンも閉めて家で過ごして。食べる物は、俺が適当に買って後で持ってくるから」
那智くん、優しい、惚れそう。
大高美津子のせいでマンションから締め出されてしまった俺たちが、初音をもう一度インターホンで呼び出すと、「あなたたち、一体なにやってるの?」と呆れた声が聞こえ、再び扉が開けられた。
すっかり日も落ちて辺りは薄暗い。俺の腹が切実に空腹を訴えている。
扉を開けた初音を、那智は押しのける勢いで部屋の中へ上がり込み、開口一番「単刀直入に言って、あなたは今、非常に危険な状況だ」と言った。
「いきなりなにを……」
初音は呆気にとられている様子だ。彼女自身にも心当たりがあるだろうし、根拠もあるしで『いきなり』でもないんだが、と思うも大人しく黙っていることにした。なんとなく初音担当は那智のような気がして。
「悦子さんの遺体を辻岡昴と共謀して移動させましたよね? 捜査の撹乱目的で」
「なんのことだかさっぱりわかりません」
初音は平然と言った。
「だよね、そりゃとぼけるよね。まあいいや。あんたがやってないって言うならそれでいいから、とにかく今は黙って聞いてくれる? 悦子が殺された原因は、末期患者の安楽死とか、麻薬売買とか、どうやらそんなわかりやすい理由じゃないらしい」
「だったらどんな理由で殺されたっていうの?」
「あれ、知らない? それを知らずに遺体を移動させた? 遺体だけにイタいやつだな、あんた」
那智くん、そのダジャレつまらん。つまらん過ぎて兄貴を彷彿とさせるし。だけど初音は華麗にスルーを決めこみ、苛立たしげに言った。
「なんなの? もったいぶって。その理由ってのをさっさと教えなさいよ」
「あんた、本当に知らない? 辻岡は知ってるっぽいけど」
「え?」
この反応、初音は本当に何も知らないようだ。だから命を狙われないのか? 犯人は初音が何も知らないと確信している? どうして?
「まさか……だってあの人、何も言ってなかったから……」
やっぱり、辻岡と初音はグルだった。
「あんたと辻岡は捜査を撹乱させて、犯人に復讐しようと企んだ。そんなの俺たちにとってはどうでもいいし興味もない」
「それ、刑事が言うこと?」
「辻岡が復讐する前に、俺たちが犯人を逮捕するから、そんなもんは心底どうでもいいんだよ。それより、悦子が殺されたのは、おそらく相当ヤバい秘密を悦子が握ったからだ。そして、それを知ってる辻岡も危ない。だから辻岡は、あんたに何も話さなかったんだ。そして、あんたが何も知らなくて、それで命を狙われないんだとしたら……」
うん、俺もそれ思った。那智はそれまで早口だったのに急にテンポを落とし、ゆっくり噛みしめるように言った。
「犯人は、あんたとどこかで接触して、あんたが何も知らないと確信した人物。そして、無駄な殺しはしたくない人物」
だよな。とすると、かなり絞られるんじゃないの? 呆気にとられている初音に、那智が畳みかけるように問う。
「事件後に会った人は?」
初音は急に我に返ったようにハッとして、
「あなたたちと……他にも刑事さんが何人か来たわ」
記憶を辿りながら自信なさそうに答えた。
「何人かじゃダメだ。ちゃんと思い出して」
「捜査一課の刑事って言ってた。眼鏡かけた若い男の人と、ちょっとくたびれた感じの中年の男の人」
あいつらだ。俺を犯人扱いしたやつらだ。今思い出してもムカつくよ。特にメガネくん。
「あとは……組織犯罪なんとかって……」
「谷口?」
思わず口を挟んだ。初音は那智の担当なのに。
「いいえ……倉橋さんって言ってました。学生みたいに若く見える方でした。とても暴力団とかを相手にしている刑事には見えなかったからはっきり覚えてます」
「彼は一人で? それとも、もう一人、ゴリマッチョな刑事と一緒だった?」
すかさず那智が尋ねる。ゴリマッチョって……那智くん。
「いいえ、一人でした」
「彼……倉橋は一人で来て、何を話していったんですか?」
「自分が担当している事件に、姉の死が関係してるかもしれないから、知ってることや気になること、どんな些細なことでもいいから話して欲しいって言われた」
「それで、なんて答えたんですか?」
「同じことを伝えました」
「同じこと?」
「はい。辻岡昴が犯人だろうって」
「ああ……」
那智がため息のような相槌をうつ。
倉橋のやつ、めちゃくちゃ怪しいじゃねーか。突然どっかから組対課に異動してくるし、谷口さんのバディのはずなのにコソコソ単独行動しているし。
「それでその後は?」
那智が続きを促した。
「その後は……特に大した話はしてないと思う。こう見えて自分はアラサーなんです、とか、童顔で得することもあるけど損することの方が多い、とか言ってました」
本当にどうでもいい話でびっくりだ。にしても、倉橋アラサーなんだ。もしかしたら俺より年上か? 若く見られて損することってなんだよ?
「なんていうか、すごく物腰が柔らかくて、姉が死んで落ち込んでる私のことを気づかってくれたり、気の利いた言葉をかけてくれたりして。他愛のない話をしているうちに、あっという間に時間が過ぎていたって感じでした」
コミュニケーション能力が高いのはサイコパスの特徴だ。
「ちなみに、捜査一課の刑事にも同じように伝えた?」
初音担当の那智が訊く。
「ええ、辻岡が犯人だろうって言いました」
犯人はこの三人のうちの誰かである可能性が高い。特に倉橋が超絶疑わしい。
「今後、俺たち以外とは接触しないで欲しい。外出も極力避けて、カーテンも閉めて家で過ごして。食べる物は、俺が適当に買って後で持ってくるから」
那智くん、優しい、惚れそう。



