那智が運転する赤いハッチバックが、タイヤを軋ませ停車した。一呼吸おいて那智が、

「行くか」

まるで自分に言い聞かせるように言い、

「ああ」

高広が応えるや否や、両サイドのフロントドアが同時に開く。

「ちょっと待てって。俺は? つうか、何の打ち合わせもなしで平気か?」

一人、取り残されるのだと察した皆人が、慌てて声を張り上げた。

「皆人に心配されるとは……俺らも落ちたもんだな」

高広がすかさず軽口を返すが、その整った微笑は貼り付けたような上辺だけのもので、隠し切れない緊迫感が滲み出ている。

「腹、刺されて身動き取れないチンピラ役を、『熱演』、してくれればいい」

『熱演』をやけに強調して言う那智。

「お前はここでイイ子にしてろ」

リアウインドウの外から皆人を見下ろし、高広は人差し指を面前に突き立てて見せた。

「要するに、何もするなってことか。俺の得意分野だ」

皆人は分かり易くふて腐れた。


バンと重たい音を立てて、フロントドアが同時に閉まる。鉄の扉で遮断された狭い空間は無音となった。

「一体、誰と誰がバディなんだよ」

誰にも届かないと知りつつ、強がりに似た呟きを漏らした皆人。知らない場所に置き去りにされた幼子のような心細さを感じていた。



下町の商店街を思わせる一本道。大衆食堂さながらの古びた飲食店や露店が、随分先まで軒を連ねている。高広と那智は、その入口に並んで立ち、『濁瀬川通り』と書かれた安っぽい陳腐なアーチ看板を見上げた。

頭上はアーケードで覆われており、取りあえず雨の心配はしなくて済みそうだ。高広は車内での皆人の言葉を思い出し、思わず苦笑を漏らした。