庭師の抗議と、手合わせを行なう二人の意見が場所変更の理由となった。というのが建前上の理由だが、シェラの側近の言葉が強く働いたというのを知っている者は意外と少ない。
中庭は、シェラのお気に入り。
シェラの側近の言葉に、ミシェルが反応しないわけがない。彼はシェラに好意を抱き、妻として娶りたいと考えているのだから。何はともあれ、シードとルークの手合わせの場所が変更された。そして真相を知る者達は、一斉に嘆いたという。
シードとルークが、互いに向かい合う。
その時、ルークの口許が微かに緩んでいく。彼の微妙な反応にシードは眉を顰めると、唇を動かす。
ルークは、読唇術を心得ている。そのことを思い出したのだろう、シードは唇を動かし彼の心情を問い質す。勿論、シード側も読唇術を心得ていた。互いに交わされる会話は他の者達の耳に届くと不都合が生じるので、読唇術を用いて腹の探り合いという名の会話を行なう。
「表情の理由は」
それに対してルークの回答は、意外なものであった。彼は当初、シードとの手合わせを楽しみにしていたという。しかし自身の主人であるミシェルの言葉に、やる気が削がれたらしい。ミシェルが言っていた「ボコボコ」という単語が、全ての原因だろう。確かに、あの言い方がやる気を削ぐ。
「俺は負ける」
彼の告白に、シードは不服だった。そもそも負ける側は自分であって、ルークではない。読唇術を用いていたが、彼の告白に反射的に言葉を出しそうになってしまう。だが、寸前で言葉を封じる。冷静に――そう自身に言い聞かせつつ、シードはルークの言葉を拒否する。
「残念」
「何が残念だ」
「逆の方が面白い」
エルバード公告によってクローディア支配されている側だが、一応平穏が保たれている。それが打ち破られることを望んでいるのか、ルークは抜刀と同時に自身の感情を声音として表す。
「貴様!」
「まあ、熱くなるな」
ルークが語るのは、エルバード公国の未来を愁うものであった。ミシェルは現大公の唯一の子供。それも高齢で生まれたということもあり、大公は息子を溺愛しどんな我儘を許して育ててしまった。その結果、我儘を言い放題の世間知らずの馬鹿公子が誕生してしまった。


