「ただいま」

 玄関に入って、すぐに靴が多いことに気付いた。

 居間に入って、また同じ言葉を繰り返す。

「ただいま」

「おかえりー」

 深雪はソファーの上でぐったりとしていたが、要の姿はどこにも見当たらなかった。

「あれ、要は」

 私は要のランドセルがもうひとつのソファーに投げ捨てられているのを見て理解したが、深雪は顔をうつぶせにしたまま言った。

「友達の家に行くって言ってた。それより、お母さん」

 深雪は顔を上げる。

「また玄関のドアを開けっ放しにしたまま出かけたでしょ。うちは盗まれるものないけど、少し無用心じゃない」

「はいはい、ごめんなさい」

 ふと時計を見ると、出かけてからまだ三十分しかたっていなかった。

 私はすぐに空いているソファーの席を確保して、リモコンを手に取りテレビをつけた。チャンネルを次々と回しても、ろくな番組がない。しかしそんな中で、この中でもっともマシだと思える番組にした。

 私が何も考えずにボーっとテレビを見ていると、深雪は突然身を乗り出して、不安そうな声で言った。

「ねぇ、お母さん。今度、運動会があるじゃん。来てくれるの?」

 私はその返答に迷った。なぜなら、私の体がどうなるのかが分からないからだ。去年は風邪、一昨年は腹痛で、雄治が撮ってきたビデオを家で観賞しただけだ。今年こそは是が非でも行きたいと思っている。だから今回は自分に意気込みを入れえるために、私は少し無理をして言った。

「うん、いくよ。今年は頑張っちゃおうかな」

 私は深雪に微笑みかけた。

「本当に」

 深雪は天井にぶつかる勢いで飛び跳ねた。

 しかし今考えてみると、やはり無理のある約束かなと思った。私は少し言葉を付け加えようかと思ったが、うれしそうな深雪の笑顔を見て、ついほころんでしまった。そんなことを考えている自分が、何だかばかばかしくなってきたのだ。しかしそういう特別な日に限って体が弱くなる。どんなことであろうとまだ不安だ。

 さて、運動会の日はどうなるか、今考えても気が遠くなりそうだ。今から自分の体にお願いをして、自分でしっかり管理しなければ。私は改めて気合を入れた。