それは深雪がいつも携帯していた巾着であった。もしかして、もう遅かったのだろうか。僕の体が勝手に震え始めた。そして突然背後からしゃくり声が聞こえた。

「か…なめ、な…んか、よん…だ?」

 僕は後ろを見た。そこには泣いている深雪が立っていた。

「かな…め、なに…か、よう…な…の?」

「お前がいきなりいなくなるから、父さんと母さんが心配してんぞ」

「お…とうさ…んと、おか…あさんが?」

「もう何にも言うな。行くぞ」

 そう言って僕は深雪の腕をつかんで引っ張った。しかし深雪は僕の手を振りほどいた。

「い…やだ。まだ…見つかって…ない」

「何が?」

 そう言うと僕の頭に、ひとつの物が浮かび上がった。僕は手中の赤い巾着を見て、深雪に差し出した。

「もしかして…これ、巾着のことか?」

「あ、そ…れ」

 僕は巾着を深雪に渡した。

 そういえば深雪はどんな時もこの赤い巾着を持っていた。いつも大事そうにポケットにしまっている。何で大切なのかを問いだしては見たものの、おばあちゃんからもらった、としか言わず、まったく教えてくれない。なぜだろうか。

「あ、これ…だ」

 深雪はうれしそうな顔で言った。

「あ…りが…とう」

 深雪の目からは、涙が溢れ出してきた。

 深雪の泣き虫は昔から変わっていなく、治ってもない。いつもの変わりがない深雪が深雪の中にある。些細なことですぐ泣くところなんて、まったく変わっていない。変わらないことほどすばらしいことはない。誰もがうらやむ、素晴らしいことだ。

 僕はこれを機に、その巾着のことを聞いてみることにした。

「そういえば、なんでその巾着が大事なの?」

「へへ、ひ…みつ」

 その巾着にはどれほどの価値があったのだろうか。そのときの深雪には、まだ分かるはずもなかった。

 空は完全に暗闇で覆われていた。早くホテルに戻らねば、父さんと母さんが心配する。僕は深雪の腕を引っ張り、ホテルへ走った。